2024年9月19日木曜日

VTOL

ハリアーⅡ
人が乗って空中を航行する機器としての航空機の歴史は、古いとも新しいとも言えます。古代から人間は鳥のように空を飛びたいと願い、様々な装置を考えてきました。しかし、その実現は、1783年、フランスのモンゴルフィエ兄弟が発明した熱気球まで待たなければなりませんでした。19世紀末になると、航空工学の先駆者とされるドイツのオットー・リリエンタールがグライダーでの飛行に成功します。この成功が、その後の航空機の歴史を切り開いたものと思います。1903年になると、アメリカのライト兄弟が、はじめて動力を用いた飛行機を飛ばします。これが、浮力を生む固定翼と推力を生むエンジンという飛行機の原型となり、今も基本は変わっていません。

ただ、固定翼の歴史は150年に満たないわけです。人間は、長いこと、垂直に浮き上がることに固執してきたとも言えます。そういう意味ではヘリコプターの実用化こそ、航空装置の保守本流なのかもしれません。レオナルド・ダ・ヴィンチのアイデアも有名ですが、本格的な開発は19世紀に始っています。1907年には、フランスのモーリス・レジェが有人飛行に成功、1936年に至り、ナチス・ドイツのハインリヒ・フォッケが開発したフォッケウルフ Fw61が世界初の実用ヘリコプターとなります。しかし、レシプロ・エンジンの出力では不十分でした。ガス・タービン・エンジン搭載機が実用化されたのは、1951年、アメリカでのことでした。以降、急速に、ヘリコプターは、軍用、民用として普及していくことになります。

滑走路を必要としないヘリコプターは多様な用途があり、実に便利な代物ですが、最大の問題は固定翼に比べて飛行速度が圧倒的に遅いことです。そこで登場するのが、垂直離着陸機、いわゆるVTOL(Vertical Take-Off and Landing)です。エンジンの推力だけで浮上するため、軽量な機体と強力なエンジンが必要になります。VTOLには、離着陸時にエンジンの向きを変えるティルト・ローター、エンジンのついた翼の向きを変えるティルト・ウィング、垂直に離着陸するテイル・シッター、浮上用だけのエンジンを持つリフト・エンジン、エンジンの噴射向きだけを変えるスラスト・ベクタリング(推力偏向)などがあります。第二次大戦末期、連合軍に滑走路を破壊されたナチスは、急遽、VTOLの開発に取り組みます。しかし、実用化は間に合いませんでした。

ナチスのVTOLはテイル・シッターであり、戦後、米英ソはこの技術に基づきVTOLの開発を行います。ただ、操縦の難しさもあり、開発は断念されます。1959年、イギリスのブリストル社が画期的な推力偏向エンジンであるペガサスを開発します。これがホーカー・シドレー社の世界初の実用VTOL機ハリアーへとつながります。1967年に量産を開始したハリアーは、世界各国で採用されていきます。初めてハリアーの映像を見た時には、未来が来た、と思ったものです。一方、アメリカは、しぶとくティルト・ローターの開発も続け、ベルとボーイングが開発したオスプレイが2000年頃から配備されます。また、ロッキード・マーティンの主力戦闘機F-35の派生型として登場したF-35Bは、世界初の実用超音速STOVL(短距離離陸垂直着陸機)戦闘機とされます。

軽空母しか持たない国にとって、VTOL機は実にありがたい艦上機です。高価であっても、巨大な空母を保有・運用することと比較すれば、安いものかもしれません。しかし、本当に開発されるべきはVTOLは、旅客機や大型輸送機ではないかと思います。滑走路が作れない山岳部や島嶼部、あるいは危険な滑走路しか持てていない地域には、大変な恩恵になると思います。恐らくその開発は、どこかで進められているのだろうとは思います。余談ですが、スター・ウォーズの世界に登場する飛行体は、リパルサー・リフトと呼ばれるVTOLが基本になっています。離着陸時の推力として使われるのは反重力発生装置です。VTOLは、全ての飛行体の究極の姿なのでしょうが、VTOLが最終的に目指すのはリパルサー・リフトということになります。(写真出典:trafficnews.jp)

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