2024年8月2日金曜日

「密輸 1970」

監督: リュ・スンワン    2923年韓国

☆☆☆+

(ネタバレ注意)

リュ・スンワンという人は、つくづく腕の良い監督だと思います。本作は、海が舞台のコメディ・サスペンスですが、韓国らしく、ひとひねりも、ふたひねりもしたストーリーを、見事なエンターテイメントに仕上げています。リュ・スンワンのコミカルな演出は、間違いなく韓国の人たちの大好きな味付けなのだろうと思いますが、日本人にとっては少しクセの強いところがあります。本作は、1970年を舞台にしており、当時の韓国の歌謡曲が多く使われています。そのチープでノスタルジックな響も、一定年齢以上の韓国の人たちにとっては、涙ものなのでしょう。そこも含めて、リュ・スンワンの腕の良さを感じさせます。この映画は、2023年、韓国で大ヒットし、様々な賞も獲得しているようです。

敗戦後の日本における経済復興は、1950年に勃発した朝鮮戦争による特需がきっかけでした。朝鮮戦争後、世界最貧国にまで落ち込んだ韓国は、1960年代後半から「漢江の奇跡」と呼ばれる驚異的な復興を遂げます。日本では、その背景に、1965年に締結された日韓基本条約があるとされています。日本から提供された無償・有償・民間あわせて8億ドル以上という資金は、韓国の国家予算の倍以上でした。韓国は、その資金をもとに重工業化やインフラ整備を進め、漢江の奇跡を成し遂げたというわけです。しかし、その倍額以上の資金が、ベトナム戦争によって韓国にもたらされています。韓国は自国軍をベトナムに派兵することをアメリカに強く要請し、その見返りとして5年間で17億ドル以上の経済・軍需援助を得てます。

1970年は、まさに漢江の奇跡が勢いよくスタートしていた頃です。漢江の奇跡は、韓国繁栄の礎となったわけですが、同時に、今につながる社会のひずみや多くの社会問題をも生んだと言えます。映画は、現在につながる様々な社会問題の萌芽を巧みに提示しています。田舎の漁村の女性二人が、ソウルの密輸の親玉や官憲と結託するチンピラ相手に、知恵と勇気をもってたくましく戦う様は、韓国の将来への希望を象徴しているのかもしれません。少なくとも、韓国経済の成長の恩恵に浴していない民衆は大喝采というわけです。コメディ仕立て、懐かしい歌謡曲、往時の風俗などで上手にカモフラージュしていますが、この映画は痛烈な韓国社会批判になっていると思います。

漁民が密輸に関わるきっかけとなったのは、新設された化学工場による海の汚染でした。工場は、財閥が建てたものだと想像できます。これは、依然として続く韓国の財閥中心経済を象徴しています。密輸は、往時の世相だったとも思われますが、その親玉にベトナム帰りを据えているあたり、外国からの資金に依存した経済復興への批判になっているのでしょう。官憲の腐敗は、海外資金導入に付き物ですが、ネポチズムと合わせ、今に続く韓国の悪弊の一つです。田舎の漁村を舞台としていることは、この時代に築かれたソウル一局集中体制への明らかな批判です。主人公が悲惨な過去を持つ女性であることは、韓国の男尊女卑体質への批判そのものです。片腕の夫とサメに足を食い千切られた妻のエピソードは、韓国の弱者の有り様を伝えているのでしょう。

それにしても、暗い過去を持つ、はすっぱな主人公を演じたキム・ヘスには驚かされました。様々な役柄を演じ分ける才能には脱帽です。「ベルリン・ファイル」(2013)、「ベテラン」(2015)、「モガディッシュ」(2021)などでヒットを飛ばしたリュ・スンワン監督、そしてキム・ヘス、この二人の才能が、本作のヒットにつながっていると思います。ちなみに、リュ・スンワンと言えば、小気味よいアクション・シーンも魅力ですが、本作でも、しっかり壮絶な乱闘シーンが組み込まれ、かつ、サメのシーンでも非凡な才能を見せています。(写真出典:eiga.com)

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