2024年2月10日土曜日

とんてき

四日市名物となった”とんてき”は、ビフテキの豚肉版といった意味から命名されたのでしょう。ステーキ(steak)は、厚切りの肉を意味します。従って、ポーク・ステーキと呼べばよかったわけですが、あえて”とんてき”としたところが庶民的で実に良いネーミングだったと思います。とんてき発祥の店とされるのは、「まつもとの来来憲」です。まつもととは、四日市西部の地名であり、店の近くには近鉄の伊勢松本駅もあります。基本的には中華料理店ですが、連日、大行列を作る客のお目当ては、何といっても”大とんてき”です。とんてきがメニューに加わったのは、昭和後期だったようです。2005年に至り、とんてきを四日市のご当地グルメにしようという動きがはじまりました。

来来憲の大とんてきは、厚切りにした250gの豚肩ロースを、ウスターソースとにんにくで仕上げたソースで柔らかく焼き上げ、荒く千切りにしたキャベツとともに供されます。とんてきは、グローブの愛称でも知られます。熱の通りやすさ、ソースのからみよさ、食べやすさを考え、肉には切り込みが入っています。その姿が、野球のグローブのように見えるわけです。厚い肉は、しっとり柔らかく焼き上がっています。ソースで水分を保ちながら弱火でじっくり焼いたか、あるいは余熱で中まで熱を加えているものと思われます。ソースは、すぐにウスターソースと分かる味ですが、コクがありながらもあっさりとしています。大とんてきの中毒性の源は、このソースと肉の柔らかさにあるのではないかと思います。

四日市とんてき協会には、現在、20店舗ほどが参加しています。東京からも、浅草橋の「グラシア」、秋葉原の「東京とんてき」が参加しています。グラシアのソースはデミグラっぽい印象、東京とんてきはコンフィした肉を使っており、いずれも来来憲とは似て非なるものになっています。とは言え、来来憲は、食べたくなったらすぐに行ける場所にはありません。平生は、代用品で我慢するしかありません。過日、十数年ぶりに来来憲の行列に並びました。13時過ぎ、行列も多少短くなった頃をねらい、運良く30分ほどで入店できました。現在は、お取り寄せもできるようになっています。一度、試してみようとは思いますが、店で食べる味にはならないだろうと思います。やはり伊勢松本まで出向くべきでしょう。

四日市は、四のつく日に市が立っていたことから命名されたわけですが、古代から畿内と東海・関東、あるいは伊勢を結ぶ交通の要所として栄えてきました。江戸期には天領でした。家康の伊賀越えに功績があったため天領になったとされますが、交通の要所、良港がゆえのことなのでしょう。明治以降、港や鉄道が整備されると、物流・生産の拠点となります。高度成長期になると、国内有数の規模を持つ石油コンビナートが稼働し、東海経済圏の中核の一つとなります。一方、コンビナートは、四日市ぜんそくという公害問題を起こした過去もありますした。いずれにしても、四日市は、工業都市であり、多くの労働者を抱える街だったわけです。とんてきは、安価に、労働者の胃袋を満たし、スタミナをつけるために考案され、定着してきた食べ物だと言えるのでしょう。

豚肉と言えば、近年、とんかつ界では厚切り化が相当進んでいます。そこには二つの流れがあって、一つはSPF豚と呼ばれる無菌育成された豚肉を使うスタイル、もう一つは白いとんかつ系とも呼ばれる低温調理スタイルです。厚切りでも固くならないように熱を入れるには、やはり低温がキー・ポイントになるわけです。低温加熱することで、鶏肉もしっとり柔らかく、エビもプリッと仕上がります。最近は、低温調理器も売られています。ただ、低温調理にはデメリットもあります。一つは時間がかかること、そして、しっかり火が通ったのかどうか、素人では見分けにくいことです。ま、やはり、本物のとんてきを食べたくなったら、来来憲へ行く事ですな。(写真出典:kankomie.or.jp)

マクア渓谷