2023年12月5日火曜日

ごまさば

福岡のソウル・フードの一つは「ごまさば」だと聞いていました。何度も福岡へ行っているにも関わらず、これまで食べたことがありませんでした。居酒屋の定番メニューと言われますが、多様な食文化を持ち、食事の選択肢が多い福岡ですから、これまで一般的な居酒屋へ行く機会はありませんでした。また、「ごまさば」とは料理名だと思っていましたが、一方で、「ゴマサバ」という種類の魚も存在し、どっちなんだろうと多少疑問でもありました。鯖にはマサバとゴマサバがあります。ゴマサバは、腹に胡麻状の斑点があるのでゴマサバと呼ばれます。通常、我々が食しているのはマサバであり、ゴマサバの大半は缶詰やさば節等の加工品に回されます。

今般、ついに食べることができた”博多のごまさば”は、マサバを使った料理でした。マサバの刺身を甘めの醤油とみりんで和え、胡麻、ねぎ、海苔等の薬味を加えたものです。今回は居酒屋ではなく、定食屋でごまさば定食を食べました。というのも、酒の肴に最適だとは思いますが、温かいご飯に乗せて、そして最後は出汁茶漬けで食べたいと思ったからです。鯖は、冬場が旬です。脂の乗った魚は、概ね、づけ茶漬けがうまいものです。案の定、ごまさばの出汁茶漬けは、とても美味しく、もっと食べたいと思いました。しかし、鯛であろうが、ブリであろうが、出汁茶漬けは美味しく、かつ、薬味に胡麻を入れることも少なくありません。つまり、一般的的な料理であり、博多のごまさばだけが特別とは思えません。

では、なぜ、博多のごまさばだけが有名で、農水省の「うちの郷土料理」にまで登録されているのでしょうか。そもそも、鯖は”生き腐れ”というほど足が早く、刺身で食べることはありません。鯖による食中毒は、主にヒスタミン中毒です。ヒスタミンは、アミノ酸の一種である”ヒスチジン”が、”ヒスタミン産生菌”という酵素の作用によって変成したものです。ヒスチジンを多く含む魚を常温で放置するとヒスタミンが多く生成されます。ヒスタミンは加熱しても消えることはありません。鯖は、このヒスチジンを多く含み、かつ脂肪分が多いことから劣化が早いとされます。低温保存だけではヒスタミンの発生を防げないことから、塩をふる(塩鯖)、酢じめにする(〆鯖)、あるいは適切に血抜きする必要があります。

もちろん、海からあがったばかりの鯖ならば、刺身でも問題ありません。博多は玄界灘の活きのいい魚が揚がる土地柄ですが、それは博多に限った話ではありません。実は、鯖にはもう一つややこしい問題があります。魚介類に多い寄生虫アニサキスです。日本の食中毒の半数がアニサキス中毒だとされます。アニサキスは、魚の内臓に寄生しますが、魚が死ぬと、内臓から筋肉に移動するとされます。私たちは、この筋肉を刺身として食べているわけです。アニサキスは、加熱したり、冷凍すれば死滅しますが、やっかいなことに塩や酢だけでは死にません。ところが、アニサキスにも種類があり、九州北部で獲れる魚に寄生するアニサキスは、太平洋側のそれとは異なり、魚が死んでも、すぐには筋肉に移動しないようです。

つまり、博多のごまさばが特別である理由は、刺身でも食べられる新鮮な鯖を使うという全国的には極めて珍しい背景があるからだと言えます。福岡に限らず、九州北部の人たちは青魚好きです。おそらくごまさばも、漁師飯として、あるいは浜の家庭料理として食べられてきたのでしょう。ただ、意外なことに博多のごまさばが居酒屋メニューとして有名になったのは、平成になってからだと聞きます。恐らく、冷蔵技術の進化に加え、1990年に長崎自動車道が開通しことが大きかったのでしょう。というのも、福岡で消費される鯖の多くは長崎産だからです。(写真出典:gourmetcaree.jp)

マクア渓谷