2023年9月10日日曜日

QT8

タラ・ウッド監督のドキュメンタリー「クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男(原題:QT8:The First Eight)」(2019)を観ました。俳優やスタッフへのインタビュー、あるいは撮影風景等を通じて、タランティーノのデビュー作「レザボア・ドッグス」から「ヘイトフル8」までの8作を分析しています。ただ、本人へのインタビューは一切ありません。映画ファンは、タランティーノ映画の話をするのも、聞くのも大好きです。そういう意味では、本当に楽しい映画でした。ところで、タランティーノの9作目は「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」。よくできた映画で大ヒットしましたが、私はピンと来ませんでした。タランティーノは、10作撮ったら引退すると公言してきました。2023年秋から、いよいよ10作目の撮影が始まるようです。なお、「キル・ビル」は、vol.1とvol2で一本という勘定です。

私が、最も好きなタランティーノ映画は何かと言えば、やはり「パルプ・フィクション」ということになります。「レザボア・ドッグス」、「ジャンゴ」、「ヘイトフル8」が同率2位、他は同率3位といったところです。タランティーノ映画の特徴は様々ありますが、私が好きなのは、心地良いテンポ、オタクっぽい仕掛け、斬新な暴力シーン、そして延々と続く意味のないおしゃべりです。時としてユーモラスでもある会話シーンは、キャラクターの乾いたリアリティを表現するとともに、派手な暴力シーンのためのプレリュードともなっています。無駄話と暴力シーンは、完全にセットとなって映画のポテンシャルを高めています。その手法は、ヒッチコック映画の緩急の付け方が原点だと思います。緊張と緩和は、観客を楽しませるための基本的な映画文法です。

若い頃、タランティーノがレンタル・ビデオ屋で働いていたことはよく知られています。そこで、ありとあらゆる映画を観たと言います。ビデオ・レンタル屋が、彼の映画学校だったわけです。緩急の使い方も、そこで学んだのでしょう。タランティーノ映画はB級映画へのオマージュにあふれていますが、それらもすべてこの学校で仕込んだわけです。タランティーノは、それらをオマージュのためのオマージュに留めることなく、ドラマを構成する効果的な演出やモティーフに昇華させています。そこがタランティーノらしさだと思います。映画オタクが映画を作ればこうなるといった風情のタランティーノ映画ですが、ただのオタクではありません。その構成力と細部へのこだわりには天才を感じます。

音楽へのこだわりもタランティーノの特徴です。主に60年代の忘れられたヒット曲が巧みに使われ、B級映画感を高めます。曲はサーフ・ロック系が多く、チープなエレキ・ギターやテナー・サックスが印象的です。演出と一体化した選曲は、サブ・カルチャーの王様らしさが、ストレートに出る部分でもあります。自らのレコード・コレクションを聞きながら、イメージを膨らまし脚本を書くという話には頷けるものがあります。最も印象的な音楽は、やはり「パルプ・フィクション」のオープニングで流れるディック・デイルの”ミザルー”です。オープニング・シーンは、映画の顔です。「パルプ・フィクション」のオープニングは歴代ベストに入ると思います。ちなみに、”ミザルー”はサーフ・ロックを代表する曲ですが、原曲は、中東の大衆音楽”ミサルルー”です。

タランティーノ映画は、B級映画を題材としたA級映画だと思っています。6作目の「デス・プルーフ」までは、タランティーノ・テイスト満載でした。ここまでが、いわば第1期で、やりたいことをやりきったのかも知れません。「イングロリアス・バスターズ」以降は、ややA級指向が強くなります。「ジャンゴ」は、いわば正統派の名作だと思います。「ヘイトフル8」は、A級指向とB級テイストがうまくマッチし、タランティーノらしさを感じました。タランティーノは、カンヌのパルム・ドールはじめ、多くの賞に輝いています。アカデミー脚本賞も2回受賞しています。映画史に残る偉業です。ただ、自分で決めたキャリアの終盤に入り、アカデミー作品賞と監督賞が欲しくなったのではないかと思います。最終作品となる次回作「The Movie Critic」は、タランティーノらしさ全開でお願いしたいところです。(写真出典:eiga.com)

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