2023年9月8日金曜日

しぞーか・おでん

例えば、鹿児島の人たちが「かごしま」ではなく「かごんま」と言うように、静岡の人たちは「しずおか」ではなく「しぞーか」と発音します。静岡の言葉は、共通語に近いと言っていいと思います。しかし、しぞーかの人は、この発音の違いで、土地の人間かどうか、一発で分かると言います。連続母音の融合にあたるのでしょう。「何もない」が「何もねェ」になるのと同じです。確かに違いはありますが、意味が通じないほどではなく、「かごんま」ほどの違和感もありません。名物の静岡おでんも同じです。多少、出汁の色は濃いものの、ごく普通のおでんです。違いは、牛スジも入る出汁、具材としての”黒はんぺん”、そしておでんに振りかける”魚粉”です。これさえあれば、いわゆる”県民熱愛”のしぞーか・おでんになります。 

静岡市には、おでん横町が二つあります。青葉おでん街と青葉横丁です。いずれも20軒ばかりの小さなおでん屋が密集しています。何度か行きましたが、昭和の風情漂う店内で、しぞーか割と呼ばれる焼酎の緑茶割とともにいただくおでんはなかなか美味いと思いました。とは言え、行くのは決まって二次会であり、黒はんぺんと大根くらいしか食べたことがありません。名物の黒はんぺんは、半月形の灰色の練り物です。関東ではんぺんと言えば、白くてフワフワしたものですが、これは、サメなどのすり身に山芋を混ぜ、気泡を含ませたところをお湯に浮かせて固めたものです。対して黒はんぺんは、青魚を骨ごとすり身にして茹で上げたものです。これを揚げれば、ほぼ愛媛のじゃこ天になるものと思われます。

はんぺんは、室町時代には存在していたようですが、名前の由来は諸説あるようです。最もよく知られているのは、初めてはんぺんを作った駿府の半平という料理人に由来するという話です。だとすれば、静岡は、はんぺん発祥の地ということになります。ただ、半平が作ったのが、はんぺんなのか、黒はんぺんなのかは、よく分かりません。黒はんぺんは、すり身を茹でたものですから、それ自体の味は穏やかなものであり、やはりおでん出汁が染みて、はじめて成立するものです。ただ、不思議なことに、黒はんぺんをフライにすると絶妙な甘さが出て、とても美味しくなります。実は、おでん横町での私の一番の楽しみは、この黒はんぺんのフライでした。印象的には、ハムカツに近いものがあります。

魚粉は、いわば出汁粉です。それ自体には味付けがされていないので、おでんの味をそのままに風味をアップするという効果があるのでしょう。おでん横町で、なぜ魚粉を出汁に入れずにかけるようになったのか、と聞いたことがあります。女将は、その方がおいしいから、と言っていました。至極まっとうな答えではあります。魚粉は、大昔から、飼料や肥料として使われてきました。スーパーで売っているような代物ではありませんでした。静岡は、焼津港や清水港など、水産加工業の多い土地柄です。加工の際に出るクズ等も魚粉にしたものと思われます。静岡では、昔から、どこでも、極めて安価に魚粉を入手することができたのだと思われます。身近な存在だったから、かけるようになったということなのでしょう。

全国には、ご当地おでんがありますが、基本的には大きく異なるものではありません。具材でいえば、カニ、車麩、赤巻き等の入る金沢、豚足や菜ものが入る沖縄などが有名です。おでんは、焼田楽が煮田楽へと変化したものですが、八丁味噌仕立ての名古屋、生姜味噌をかける青森等は、古い形を保っていると言えます。姫路の生姜醤油で食べるおでんも棄てがたいものがあります。ちなみに、静岡駅の定番お土産の一つに、しぞーか・おでんの缶詰があります。恐らく、電車のなかでの酒のつまみだったのでしょう。また、静岡市には、かつて200軒を超えるおでん屋台があったようですが、加えて、駄菓子屋にもおでんが付き物だったと聞きました。東京のもんじゃと同様です。そう言えば、うどん県を自称する香川では、うどん屋におでんの鍋があり、香川らしくセルフ・サービスで食べます。(写真出典:shizuoka.mytabi.net)

マクア渓谷