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縄文式倉庫 |
当初、椅子は、権威の象徴として生まれますが、瞬く間に一般化し、かつ世界中に伝播しました。世界に広まった最大の理由は、座るより椅子に腰掛ける方が、体への負担が少なかったからだと思われます。ただ、アジアでは、椅子が普及した後も、座る生活が継続されます。中国は、多少異なり、4世紀に華北を統一した北魏によって椅子がもたらされると、椅子の生活が一般化したようです。では、日本や韓国、あるいはイスラム圏等が、あえて座る文化を選択した理由はなんだったのでしょうか。イスラム教はテントで暮らす遊牧民の宗教であり、かつ礼拝のスタイルから座る文化を説明できるように思います。韓国では、床下暖房のオンドルが必須だったので、座る文化が継続されたと考えられます。
日本の場合には、高温多湿な気候が関係していると思われます。木造の日本家屋では、床が地面から数十センチ高くなっています。床下の風通しを良くして湿度を抜き、快適に暮らすとともに木材の腐食も防ぎます。縄文集落の貯蔵庫も高床式でした(ネズミ除けでもあります)。東南アジアの農村地帯でも、高床式の住居が伝統的です。高床の上で、椅子の生活をすると、より高温な空気のなかで暮らすことになります。むしろ、風を感じられる床、あるいは風で冷やされた床に直接座った方が、より快適に過ごすことができるわけです。日本人が、家で靴を脱いで生活するのは、清潔好きだからと言われます。実は、そうではなくて、単純に湿度対策の結果だったと思われます。
前々から疑問に思っていることの一つが、なぜ日本人はズボンではなく袴を選択したのかということです。埴輪などから類推すれば、日本人は、大昔、ズボンを穿いていたと思われます。ところが、平安末期頃から小袖、いわゆる着物が服装の中心になると、必要に応じて小袖の上に袴を着用する文化が定着します。小袖は、宮廷文化における下着から始まっています。宮廷文化の影響とは言え、実用性を考えれば、上下別れた服装でズボンを穿いた方が効率的です。現に、江戸期の農民や職人は、ポルトガル文化の影響とされる股引きを着用しています。それでも小袖と袴にこだわったのは、やはり湿度対策ではないかと思われます。つまり、風通しの良い小袖を基本とし、必要な場合のみ袴を着用したのではないでしょうか。
たまに温泉宿の和室に泊まると、立ったり、座ったりが厳しくなってきました。もちろん、加齢によるところが大きいわけですが、昔の老人は、今の私よりもスムーズに立ち座っていたのではないかと思われます。健康面から考えれば、座る生活、椅子の生活、それぞれ一長一短あるようです。ただ、少なくとも足腰の筋力維持という観点から見れば、明らかに座る生活の方が効果的です。和式トイレも同じ話です。和式トイレを避けるようになって何十年も経ちます。思えば、かつては、どこへ行くにも歩いていたわけです。明治以降の日本の近代化は、明らかに日本人の足腰を弱めてきたと言えます。(写真出典:info-toyama.com)