2023年8月5日土曜日

座る文化

縄文式倉庫
”椅子に座る”という言い回しは、よく使いますが、恐らく正しくないのでしょう。”座る”という言葉は、床や地面に腰を下ろすことを指し、椅子の場合には、”掛ける”あるいは”腰掛ける”が正しいのではないかと思います。”椅子に座る”を、文字通りに解釈すれば、椅子の座面に正座するか胡坐をかくような仕草なのでしょう。無論、目くじらを立てるような話ではありません。もともと座る文化の日本でも、椅子の生活が当たり前になったということの現れです。世界的に見れば、床に座る文化圏と椅子に腰掛ける文化圏は明らかに分かれています。大雑把に言えば、欧州は椅子、アジアは座る文化のように思えます。もともと人間は、座ったり、様々なものに腰掛けたりしていたのでしょうが、椅子そのものが発明されたのは古代エジプトだったようです。

当初、椅子は、権威の象徴として生まれますが、瞬く間に一般化し、かつ世界中に伝播しました。世界に広まった最大の理由は、座るより椅子に腰掛ける方が、体への負担が少なかったからだと思われます。ただ、アジアでは、椅子が普及した後も、座る生活が継続されます。中国は、多少異なり、4世紀に華北を統一した北魏によって椅子がもたらされると、椅子の生活が一般化したようです。では、日本や韓国、あるいはイスラム圏等が、あえて座る文化を選択した理由はなんだったのでしょうか。イスラム教はテントで暮らす遊牧民の宗教であり、かつ礼拝のスタイルから座る文化を説明できるように思います。韓国では、床下暖房のオンドルが必須だったので、座る文化が継続されたと考えられます。

日本の場合には、高温多湿な気候が関係していると思われます。木造の日本家屋では、床が地面から数十センチ高くなっています。床下の風通しを良くして湿度を抜き、快適に暮らすとともに木材の腐食も防ぎます。縄文集落の貯蔵庫も高床式でした(ネズミ除けでもあります)。東南アジアの農村地帯でも、高床式の住居が伝統的です。高床の上で、椅子の生活をすると、より高温な空気のなかで暮らすことになります。むしろ、風を感じられる床、あるいは風で冷やされた床に直接座った方が、より快適に過ごすことができるわけです。日本人が、家で靴を脱いで生活するのは、清潔好きだからと言われます。実は、そうではなくて、単純に湿度対策の結果だったと思われます。

前々から疑問に思っていることの一つが、なぜ日本人はズボンではなく袴を選択したのかということです。埴輪などから類推すれば、日本人は、大昔、ズボンを穿いていたと思われます。ところが、平安末期頃から小袖、いわゆる着物が服装の中心になると、必要に応じて小袖の上に袴を着用する文化が定着します。小袖は、宮廷文化における下着から始まっています。宮廷文化の影響とは言え、実用性を考えれば、上下別れた服装でズボンを穿いた方が効率的です。現に、江戸期の農民や職人は、ポルトガル文化の影響とされる股引きを着用しています。それでも小袖と袴にこだわったのは、やはり湿度対策ではないかと思われます。つまり、風通しの良い小袖を基本とし、必要な場合のみ袴を着用したのではないでしょうか。

たまに温泉宿の和室に泊まると、立ったり、座ったりが厳しくなってきました。もちろん、加齢によるところが大きいわけですが、昔の老人は、今の私よりもスムーズに立ち座っていたのではないかと思われます。健康面から考えれば、座る生活、椅子の生活、それぞれ一長一短あるようです。ただ、少なくとも足腰の筋力維持という観点から見れば、明らかに座る生活の方が効果的です。和式トイレも同じ話です。和式トイレを避けるようになって何十年も経ちます。思えば、かつては、どこへ行くにも歩いていたわけです。明治以降の日本の近代化は、明らかに日本人の足腰を弱めてきたと言えます。(写真出典:info-toyama.com)

マクア渓谷