2023年8月28日月曜日

地雷原

2014年、カンボジアのプレアヴィヒア寺院の遺跡へ行きました。天空の寺とも呼ばれるプレアヴィヒア寺院は、9世紀にクメール王朝が創建したヒンドゥー寺院です。その後、ヒンドゥー教が衰退すると仏教寺院に変えられています。 2008年には、世界遺産にも登録されました。ただ、2012年頃まで、永らく観光できない状態が続いていました。理由は二つあります。一つは、タイとの領有権を巡る紛争です。1904年に国境協定によってカンボジア領となりましたが、これを不服とするタイは、フランスの占領軍とも戦い、カンボジアとも紛争を繰り返してきました。つまり戦場だったわけです。いま一つの理由は、ポル・ポト派が埋設したべらぼうな数の地雷です。プレアヴィヒアへの道は、広大な地雷原のなかにあったわけです。

膨大な時間と資金を投じて地雷原は撤去され、タイとの紛争も小康状態となったことから観光が再開されました。カンボジアでは、内戦終了後から30年近く地雷除去が進められてきましたが、現在でも600万個が残っていると言われます。世界に残る地雷の数は推定不能とされ、約80カ国に1億個という説もあります。地雷は、人を殺傷するばかりではなく、耕地を奪い、自然を破壊します。1999年には、永年にわたるNGOの働きかけによって対人地雷全面禁止条約が発効しています。NGOは、ノーベル平和賞を受賞しました。現在、アメリカ、ロシア、中国等を除く164カ国が批准しており、地雷の新規埋設は大幅に減少したようです。ただ、無力化されていない無数の残存地雷は、依然として多くの被害者を生み続けています。

地雷汚染が深刻な国としては、イラク、ボスニア・ヘルツェゴビナ、エチオピア、カンボジア、タイが挙げられます。ポル・ポト派が埋めたカンボジア・タイの地雷以外は、全てこの30年以内に埋設されたものです。地雷は、安価で効果的な防衛兵器です。その効果は、進路妨害だけではありません。殺傷力は高くありませんが、負傷者救護に要員が割かれることで敵の戦闘能力は落ちます。埋めるだけではなく、空からばら撒くことも可能で、実に容易に地雷原を作れます。一方で、除去ということになると、数の問題だけでなく、危険を伴う困難な作業が求められます。人手もコストもかかる地雷除去ですが、地雷汚染は貧しい国に多く、NGO頼みの現状にあります。日本でも、複数のNGOが地雷除去にあたっています。

過日、ロシアの地雷に苦しむウクライナから、山梨県の建機製造・販売業「日建」に研修団が訪れました。日建創業者の雨宮清氏は、ビジネスで訪れたカンボジアの地雷被害を目の当たりにし、1995年から建機を応用した自作の地雷除去機の開発に着手します。危険を顧みず、現場で自ら操縦し、改良を重ね、カンボジア、アフガニスタン、ニカラグア等で実績を積み重ねてきました。日建の地雷除去機で驚いたのは、前で地雷を除去しながら、後ろでは土を掘り起こし、農地転用の準備をするという機能です。地雷除去には、他にも、広範囲を爆破する、ロボットを使う、探索に動物や食物を使う等、様々な手法があるようですが、多くは、依然として危険な人力に頼っているようです。

残存地雷の問題は、核兵器、温暖化などと同様、人類の負の遺産です。対人地雷全面禁止条約は、新たな地雷の製造や埋設を禁じましたが、残存地雷の除去に関してはNGOに頼っている現状があります。現在、千を超すNGOが、国連とも連携し、各地で地雷除去に取り組んでいるとのこと。その活躍は称賛に値します。ただ、国連傘下に地雷除去機構でも設立し、より効果的、効率的に除去を進めるべきではないかとも思います。ただし、その大前提は、アメリカ、中国、ロシアの参加ということになります。負の遺産という人類共通の課題解決に向けた国際協調が難航するうちに、人類と地球が滅亡する日は、加速度的に近づいているように思います。そのことは、今年の夏の異常な暑さ、大雨、干ばつのなかで、より一層強く実感させられます。(写真出典:aoav.org.uk)

マクア渓谷