日本におけるブランド牛肉の始まりは、神戸ビーフということになります。日本海に面した但馬で育てられた牛です。肉食が限られていた江戸期、但馬の牛は役牛でした。神戸が開港されると、外国人のニーズに応えるべく、但馬の役牛が食用として提供されます。これが美味いと評判になり、世界に知られることになりました。神戸の人から、美味い牛肉を食べるなら東京だよと、40年程前に教わりました。神戸の牛肉は、ブランドに胡坐をかいて、いい加減なものが多いというのです。その後、神戸ビーフは厳格に定義されることになり、但馬牛の一定肉質以上の特定部位を使っています。ただ、但馬牛とせず、神戸ビーフと称しているあたりは、やはり世界的になったブランド力を活かしているわけです。
ブランドとして神戸ビーフに並ぶのが松坂牛です。もともと但馬の牛を育てて役牛としていようですが、文明開化とともに、神戸に運ばれ、神戸ビーフになっていたようです。それを日本を代表するブランドに育てたのは、松田金兵衛です。深川の料亭”和田平”で修行した後、1878年、故郷で精肉店「和田金」を創業しています。松坂牛は、900日牛舎で飼育する、ビールを飲ませる、マッサージをするなど、手間を掛けた育成で、見事なサシの入った牛肉となります。サシの入った牛肉が、日本のブランド牛の標準となり、現在では近江牛、飛騨牛、佐賀牛、宮崎牛、米沢牛、前沢牛等々、多くのブランドが競い合っています。最高級A5ランクの牛肉は、味わい深く、柔らかく、至福の逸品と言えますが、一方で、脂の塊を食べているようなものでもあります。
近年は、健康志向の高まりもあって、赤身の人気が高くなりました。サシの入りやすい黒毛和牛ではなく、短角和牛やあかうしと呼ばれる褐色和牛が主となります。すき焼きやしゃぶしゃぶはA5ランク、ステーキなら赤身が適していると思います。年齢とともにサシの入ったA5ランクを避けるようになった私にとって、赤身ブームは好都合です。正直なところ、私は、ブランド牛の違いがよく分かりません。さすがに、美味いかどうか、柔らかいかどうかは自分なりに判断できますが、ブランド牛の肉質の違いはまったく分かりません。牛肉の味は、個体差や熟成の仕方、あるいは熱の入れ方で大きな違いが生まれるものだと思います。いずれにしても、肉のブランドよりも店を選ぶことの方が大事だと思います。
私が一番美味しいと思っている牛肉料理は、キアナ牛を焼くフィレンツェのビスティッカ・アラ・フィオレンティーナです。二番目は、那覇の「牛や」の炭火焼きです。いずれもサシが入っていない牛肉です。A5ランクのブランド牛は、牛肉というよりも牛脂の芸術品といった風情であり、美味ではありますが、かなり特殊な存在だと思います。ふるさと納税のお礼品では、依然としてカニと牛肉が人気を二分しているようですが、A5ランクを家庭で美味しく調理することは、かなり難しいと思います。芸術品の調理は、やはり芸術家に任せるべきだと思います。職人による肉の見極め、あるいは熟成といった技は、素人に真似できるものではありません。(写真出典:wadakin-bestbeef.jp)