監督:ベス・デ・アラウージョ 2022年アメリカ
☆☆+
毎年3月に、テキサス州オースティンで開催される「South by Southwest」、略称SXSW、あるいはサウス・バイは、もともと音楽の見本市としてスタートしましたが、いまや、音楽だけでなく、映画、インタラクティブ系、ゲーム等の祭典となりました。本作は、2022年のSXSWで上映されて大評判になったという映画です。近年の”Black Lives Matter”に代表されるアメリカの人種差別問題を、白人女性の側から描いているというので、これは面白い着想だと思いました。ただし、人種差別をテーマとして深掘りするなら面白い映画になり、人種差別を単なるモティーフとするなら退屈な映画だろうと思っていました。残念ながら、後者でした。監督の意図したところとは異なるのかもしれませんが・・・。デ・アラウージョ監督の初長編となる本作は、自主制作され、SXSWでブラムハウスに買われています。同社は、アカデミー賞を何部門かで獲得した「セッションズ」(2014)、あるいはアカデミー脚本賞を獲得した「ゲット・アウト」(2017)などを制作しています。主に低予算のホラー映画を得意としています。予算は少ないものの、制作は監督に任せるというスタンスが、話題作を生んでいます。本作は、予算をかけず、制作日数は4日、うち撮影は1日半で終えたようです。全編ワン・テイクの映画に見えますが、正確には2テイクです。最近、ワン・テイク映画が増えたように思います。映画の進行と観客の時間感覚を同時にすることで、臨場感、リアリティ、没入感、共感性等を高める効果が得られます。
映画は、人種差別の意識が、偶発的に暴力へと展開していく様が描かれています。どこでも、いつでも起こり得る突発的な狂気をリアル・タイムに映像化することは十分以上に意味があると思います。やや荒い演出やカメラのブレなどもリアリティを高める効果があるとも言えます。しかし、例えば”ブレア・ウィッチ・プロジェクト”(1999)等の没入感が、ここで必要かどうかは、多少疑問です。本作のねらいが、差別意識が暴力を生みやすいということであるなら、エスカレートしていく暴力を、より客観的に、かつ緊張感を持って描く、あるいは丁寧にテイクを重ね、編集でワン・テイクに見せる手法もあったのではないかと思います。予算的制約もあったのでしょうが、テーマと手法にズレがあるように思えます。
監督が、この映画を撮るきっかけとなった事件があるようです。日本では報道されていないと思いますが、2020年にNYのセントラル・パークで起きた事件です。ランブルと呼ばれる森でバード・ウォッチングをしていた黒人男性が、リードを外して犬を散歩させていた白人女性に注意します。ランブルでリードを外すことは禁じられているのです。言い争いになり、女性は、警察に黒人に脅されていると電話します。結果的に、白人女性は虚偽通報で罰せられ、勤務先も解雇されます。白人が黒人に襲われそうだと言えば、白人警官たちはそれを鵜呑みにして即応する傾向があります。それを心得た白人女性の差別意識が問題とされました。監督は、ネオ・ナチでもKKKでもないごく普通の白人女性の差別意識に怒りを覚え、それが暴力へと発展するリスクを懸念し、本作の制作を思い立ったようです。
もう一つ、本作の設定の背景となったものがあります。”Trad Wife”運動です。白人女性が、”普通”の結婚をして、専業主婦となり、より多くの白人を産むことを提唱する運動です。白人至上主義そのものと言えます。ちなみに、映画の中の女性グループの名称は、そのものズバリの”Daughters for Aryan Unity”です。デ・アラウージョ監督は、元オリンピック選手のブラジル人の父、中国系アメリカ人バレリーナの母のもとに生まれています。いかに裕福で文化的な家庭に育とうとも、バークレイ校で学ぼうとも、AFIで修士学を得ようとも、彼女は、白人による差別を実感し続けてきたはずです。逆差別と叫びたくなる白人の気持ちも分からぬではありませんが、人種差別の歴史と、それを生み出してきた根源は明確です。映画のなかで女性たちが、BLMに対して”White Lives Matter”と言いのけますが、正しくは”All Lives Matter”でしかあり得ません。(写真出典:imdb.com)