監督:ヴィム・ヴェンダース 原題:Until the End of the World 1991年(ディレクターズカット2019年)独・米・日・仏・豪
☆☆☆☆
(ネタバレ注意)
評価の良し悪しとは別に、好きな映画というのがあるものです。本作も、そういう映画の一つです。ロード・ムービーを得意とするヴィム・ヴェンダースの集大成と言うだけあって、実に多くの国を巡るSF映画です。ヴェンダースと言えば、詩的で哲学的なファンタジー「ベルリン・天使の詩」が一番に思い出されます。実は、「夢の涯てまでも」の撮影開始が遅れることになり、急遽、撮影されたのが”天使の詩”でした。”天使の詩”で映画デビューしたフランスの女優ソルヴェーグ・ドマルタンは、”夢の涯てまでも”でも主演し、ヴェンダースとともに脚本を書いています。不思議な存在感を持つ女優であり、才能豊かな人だったようですが、2007年、45歳で亡くなっています。映画は、実態的に2部構成となっています。世界を股にかけた謎多き追いかけっこが第1部、オーストラリア・ノーザン・テリトリーのコミューンで展開されるSFが第2部です。制御不能に陥った核衛星に起因する人類滅亡の危機が、全体を覆っています。ヴェンダースが、この映画の着想を得たのは、1977年にノーザン・テリトリーを訪れた際だったようです。重層的に展開される追いかけっこも、ノーザン・テリトリーでのアボリジニとのコミューンも、あるいはマッド・サイエンティスト的シチュエーションも、決して新しいアイデアではありません。楽しげに演技する多彩なキャストも、いつもながら冴えた演出も魅力ではありますが、この映画の最大の魅力は、なんといっても映像と音楽だと思います。
映画は、作家による回想録というセンチメンタルでロマンティックなフレームのなかで展開されます。懐かしさすら感じさせるコミカルな味付けとともに、押しつけがましくない連帯感、皆が持つ曖昧な希望が表現されています。ヴェンダースらしいシャープでスタイリッシュな映像は、どの場面を切り取ってもスティールに出来そうなくらい見事です。そのシャープな映像が暖かみを感じさせるところが、この映画の魅力なのだと思います。ロード・ムービー、SF、やたら長い映画といったところに目がいきがちですが、ゆったりとした心地良いやさしさこそ、この映画の身上だと思います。アメリカで初公開された時の上映時間は約2時間、今回のディレクターズカットは約5時間です。その長さは、十分以上に意味があると思います。
音楽的には、劇伴はごくわずかで、様々なアーティストがこの映画のために提供した楽曲で構成されます。トーキング・ヘッズ、ルー・リード、U2、デペッシュ・モード、R.E.M.等々、映画のムードにピッタリの豪華アーティストが勢揃いしています。ヴェンダースは、映画の設定である10年後をイメージした曲作りを依頼したようです。”天使の詩”にも重要なモティーフとして登場していたニック・ケイブ&バッド・シーズの曲も含まれています。なかでも印象的だったのが、ジュリー・クルーズが歌うプレスリーの名曲”Summer kisses, Winter tears”です。ジュリー・クルーズと言えば、デヴィット・リンチ、アンジェロ・バダラメンティとのコンビが有名です。特に、一世を風靡したデヴィット・リンチのTVドラマ「ツイン・ピークス」が印象に残ります。この映画には、ピッタリの声と曲だと思います。
ノーザン・テリトリーでの脳波の映像化というSF話は、やや理屈っぽく、あるいは哲学的になりがちなテーマだと思います。映画に仕立てるには、ややそぐわない面もあり、評価が分かれるところです。ただ、おとぎ話的なアボリジニとのコミューンや、追いかけっこの参加者たちの連帯が、危うさをいい具合に中和しています。そして何よりも、ジャンヌ・モローとマンクス・フォン・シドーを起用したことが、見事にはまっています。この二人がいい味を出していなければ、結果は、随分と違っていただろうと思います。また、小津安二郎を尊敬するヴェンダースらしく、箱根でのシーンには笠智衆と三宅邦子も登場しています。当初、ショート・バージョンで公開された時には、商業的にも大失敗、評価も散々だったようです。思い入れたっぷりのヴェンダースの夢の映画は、5時間という長さを得て、初めて本当の姿を現わしたのでしょう。(写真出典:filmarks.com)