2023年5月14日日曜日

No Free Lunch

NYC Free Lunch
コロナ前のことですが、居酒屋のお通しについて、インバウンド客とのトラブルが起きているという報道がありました。関西では突き出しと呼ばれるお通しですが、確かに日本独特の風習です。注文していない品が出されれば、外国人がフリー(無料)のサービスと理解して当然です。ところが代金を求められるわけですから、もめても致し方ないところです。テーブル・チャージとして請求し、お通しをフリーのサービスとして提供すればまったく問題ないと思います。飲食店の卓上に置かれた食べ放題の漬物、あるいは韓国料理屋で出される多数のおかず等は無料です。無料とは言え、そのコストは料理代に含まれているので、これらも完全に無料とは言いがたいところです。

民放にとってTVは広告を流すための箱です。TV機器は客に買わせ、無料放送ですと言ってCMを流します。コンテンツは、あくまでもCMを見続けさせるための手段です。そして、それらの制作コストはCMで放送された商品の代金として客が負担します。悪魔的なほど巧妙に仕組まれたビジネス・モデルです。慈善事業ならいざ知らず、およそビジネスの世界にあって、無料などというものは存在するわけがありません。アメリカでは、”No Free Lunch”という言葉がよく使われます。タダのものなどない、というわけです。NYの弁護士に聞いた話ですが、ロー・スクールでは、この言葉が徹底されるというのです。ちなみに、NYの弁護士は、ランチの際でも、仕事の話が出れば、タイム・チャージを請求してきます。

”No Free Lunch”という言葉は、ロバート・A・ハインラインの傑作SF「月は無慈悲な夜の女王」(1966)に登場する”There ain't no such thing as a free lunch”という一文から広まったとされます。しかし、この言葉自体は、以前から存在し、TANSTAAFLというアクロニムでも知られます。フリー・ランチそのものはさらに古く、19世紀後半、ニューオリンズのサルーンから広まったとされるサービスです。1杯以上のドリンクを注文すればランチが無料になるというものです。カウンターの上に並べられた料理をセルフ・サービスで食べるスタイルが一般的だったようです。並んだ料理は、塩分の多い物が多く、ドリンクが追加注文されていくという仕組みです。大恐慌の時代、このサービスは廃れ、復活することはありませんでした。

ただ、ビジネス・モデルとしてのフリー・ランチは、様々な分野で残りました。10年ほど前に、”フリー経済”という言葉が注目されました。無料で提供されるアプリ等に関するビジネス・モデルのことですが、別に目新しいものではありませんでした。アプリを無料で提供し、有料のプレミアム会員等へ導く、購買意欲を高め商品購入へ導く、メディアとして広告ビジネスを展開する、あるいは集積されたデータをマーケティング用に販売する、といったビジネス・モデルです。デジタル世界では、生産に関わる限界費用がゼロに近いので、このモデルは効率が良いわけです。とは言え、マーケティング手法として見れば、古典的なものであり、やはり、There ain't no such thing as a free lunchということになります。

ビジネス社会にフリー・ランチは存在しないわけですが、ビジネスに限らず世の中全体にフリー・ランチなど存在しないという説もあります。金銭ではないものがトレードされている、あるいは個々には無料に見えても社会全体ではトレードオフの関係が成立しているという考え方です。例えば、世界中の無名のボランティアによって作られている非営利のネット百科事典Wikipediaは無料です。金銭は絡みませんが、書き込みをする人々は、表現欲や自己実現欲求を満たしているわけです。さすがに空気はタダじゃないか、と言われそうですが、物理学的に宇宙全体を閉鎖形とすれば、大気の生成も消費もトレードオフの関係が成り立っています。No Free Lunchとは、トレードオフを意味し、宇宙の唯一無二の原則だ、と言えるのかも知れません。(写真出典:cafr.ebay.ca)

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