監督:エドワード・ベルガー 2022年アメリカ・ドイツ
☆☆☆+
小学校3年生の秋だったと記憶しますが、父親が近所の映画館に行くというので、連れて行ってくれとせがみました。子供向けの映画ではないと断られましたが、どうしても行きたいと騒ぎ、一緒に見ることになりました。映画は、1930年アカデミー賞受賞、ルイス・マイルストン監督「西部戦線異状なし」のリヴァイバル上映でした。戦争のあまりの悲惨さに耐えがたく、もう帰りたいと父親に言いました。もう少しで終わるからと諭され、有名なラスト・シーンまで見ました。原作は、エーリヒ・マリア・レマルクが、1928年からドイツの新聞に掲載した小説です。兵士の視点から描いた第一次世界大戦です。開戦直後から終戦まで、激しい塹壕戦が戦われ、300万人が戦死したという西部戦線が舞台となっています。本作は、ドイツ人監督によるドイツ語映画としてリメイクされました。歴史的名作のリメイクは、製作会社にとっては、知名度に頼って一定の興業成績が見込まれ、監督にとっては「自分ならこう撮りたい」というインスピレーションが大いに沸く泉のようなものです。いずれにしても前作が傑作だから生じる製作動機であり、通常、前作を超える作品にはなりません。本作も同様です。ただ、かなりの上出来だと思います。悔やまれるのは、小綺麗に仕上がった映像が、血や土や硝煙の匂いを伝えきれていない点です。また、原作や前作とは異なる脚本・演出も気にはなりますが、現代風、あるいはドイツ人の解釈ということなのでしょう。Netflix配給のエンターテイメントとしては、これが限界なのかも知れません。
最も議論を呼びそうなのが、負傷した主人公が一時的に帰郷するくだりを削除したことだと思います。主人公は、故郷と戦場のギャップの大きさに孤独感や疎外感を感じ、戦場に戻っていきます。いつまでも戦場を負い続けなければならない兵士の厳しい現実を伝えるシーンです。監督は、あえてそのシーンを削除することで、戦場の悲惨さにフォーカスしたかったのだと思います。帰郷シーンまで加えれば、映画はさらに長尺にならざるを得ません。また、同時進行する終戦交渉シーンを加えたことも異論が出ると思います。政治という上部構造と戦場の悲惨さを対比させるねらいは理解できます。さらに、ドイツ人としては、次の大戦を生んだフランスの無慈悲な対応も描かざるを得なかったのかも知れません。
第一次世界大戦は、戦死者1,600万人、戦傷者2,000万人という史上最悪の戦争でした。ベルギー南部からフランス北東部に至る西部戦線は、最大最長の激戦地であり、最も多くの犠牲者を出しています。両陣営とも、鉄条網と機関銃で守られた塹壕を築き、繰り返される突撃で兵士の命は消耗されるものの、戦線は膠着したままでした。そこには、毒ガス、戦車、航空機等、新たに開発された兵器が投入されます。産業革命によって生みだされた大量殺戮兵器が、史上最悪の犠牲者数を生みました。開戦に至る状況は、種々複雑な面もありますが、性格的には、産業革命が生んだ植民地獲得競争がたどり着いた結末であり、しかも一度では済まず、第二次世界大戦へと続きます。
人類が、文明が巻き起こした帰結的厄災である第一次世界大戦は、折に触れ、描き続けられるべきだと思います。本作が、ロシアによるウクライナ侵攻が続くなかで公開されたことは、とても意義深いと思います。いかなる戦争においても、最大の犠牲者は、兵士とその家族です。国家の主権者が国民なのであれば、戦争など行ってはならないのです。戦争を描くにあたって、兵士の視点からその悲惨さを伝えることは、極めて重要であり、表現者の使命のようにも思えます。そういう意味において、レマルクの「西部戦線異状なし」は、時代を超えた傑作なのだと思います。(写真出典:filmarks.com)