ジャン・ピエール・ジュネの作品は、ジャック・タチの映画を思い出させます。おしゃれなコメディ映画は、フランスのお家芸といえるのかも知れません。ジュネの「ビッグ・バグ」(2022)は、近未来の家庭が舞台となっており、タチの「ぼくの伯父さん」(1958)の21世紀版のように見えました。モダニズムもタチの特徴です。基本的には文明風刺なのですが、おしゃれでモダンなセット等は、さすがフランスといったところです。よく作り込まれた映像の美しさは、両者に共通します。特に色調へのこだわりは見事です。タチは、白を基調に差し色を巧みに配置します。ジュネは、色調のコントロールが絶妙です。しかし、ジュネが、ジャック・タチから受けついでいる最大の特色は、やはりエスプリだと思います。
エスプリ(esprit)は、英語で言えばスピリット(sprit)になり、精神や霊魂を表わします。同時に、知性的、機知、才気といった意味もあり、英語のユーモアに近いとも言えます。エスプリもユーモアも、ウィットに富んだ風刺や諧謔を展開するわけですが、その表現には国民性の違いがよく反映されているように思えます。民族も、宗教も、気候も異なる両国ですから当然なのでしょう。ユーモアは「人の心を和ませるような上品な笑い」とされ、一方のエスプリは「知的で乾いた笑い」と言われるようです。ただ、個人的な印象で言えば、英国のユーモアは、上品でありながらも冷たいシニカルさで相手を突き放し、フランスのエスプリは、小馬鹿にしながらも相手の存在までは否定しないように思えます。
フランス人のおしゃべりは有名ですが、個人主義で自信家、つまり自分をしっかり持っていることの現われだと言えます。おしゃべりには相手が必要です。フランス人の個人主義やプライドは優越感に支えられており、常に他者の存在を前提としているのでしょう。余談ながら、かつて植民地を統治するに際して、フランスは直接統治、イギリスは間接統治を採用します。直接統治は、植民地を自国の一部として取り込みます。間接統治は、自国と植民地を切り離し、現地人に統治させます。一見すると、間接統治は、植民地の自治を尊重しているように見えますが、実は、冷徹で効率的な搾取システムだと言えます。その違いには、経済体制の成熟度が関係しているのでしょうが、国民性も影響しているように思えます。
NYで仕事仲間のアメリカ人たちと飲んでいる時に、行ってみたい海外の都市という話になったことがあります。様々な地名があがりましたが、パリが一向に出てこないことに気がつきました。不思議に思い、「パリは?」と聞くと、皆は「自分たちが嫌われている街には行きたくない」と言うのです。それは二つの点で間違っていると話しました。まずは、パリの人々は、アメリカ人を嫌っているのではなく、馬鹿にしているだけだ、ということ。次に、パリの人々が馬鹿にしているのは、アメリカ人だけではなく、パリ以外の世界中の人々だ、ということです。エスプリは、プライド、あるいは自惚れの現われと言えるのかも知れません。タチやジュネの映画は、ギリギリのところで世界中の人々にも通じるエスプリであり、アメリは、最も理解されやすい形でエスプリを見せてくれた映画なのでしょう。(写真出典:movies.yahoo.co.jp)