2022年11月17日木曜日

「アムステルダム」

監督:デヴィッド・O・ラッセル      2022年アメリカ 

☆☆+

デヴィッド・O・ラッセル監督、クリスチャン・ベール主演とくれば、期待しない方がおかしいわけです。ところが、結果は、がっかりです。最近、これほどしっちゃかめっちゃかな映画は見たことがありません。期待が大きかっただけに、落胆も大きいと言わざるを得ません。デヴィッド・O・ラッセルほどの人がこのていたらくですから、何か背景に問題でもあったのか、と思ってしまいます。とにかくアイデアを詰め込みすぎて、まったく整理がつかないまま公開してしまったという印象です。ただ、随所に、さすがと思わせるショットや演出が散りばめられても確かです。

クリスチャン・ベールのクセの強い演技を見ることは、いつも楽しみです。クリスチャン・ベールの実に幅広い芸歴には感心させられますが、役作りのために徹底的な肉体改造を行う事でも知られています。今回は、痩せ型のクリスチャン・ベールです。元フットボーラーのジョン・デヴィッド・ワシントンは、「ブラック・クランズマン」や「テネット」に比べ、力を抜いたような演技が好印象でした。目も口も大きく、かつきつい目つきのマーゴット・ロビーには、多少驚かされました。ここのところ、スーアサイド・スクワッドの印象が強かったのですが、今回は、正統派を思わせる演技になっています。歳と芸歴を重ね、成熟してきたということかも知れません。ひょうとすると王道を行く女優になるのかも知れません。

いずれにしても、俳優陣の良さといくつかの見事なショットだけが印象に残る残念な映画でした。その理由の一つは、モティーフそのものにあるかも知れません。米国海兵隊の英雄スメドリー・バトラー将軍が告発したビジネス・プロット事件は、1933年に起きています。ビジネス界によるファシスト政権樹立構想でした。ビジネス・チャンスを拡大するために、ルーズベルト政権を倒し、ドイツやイタリアと連携したファシスト政権を実現しようとするものです。その実現に、バトラー将軍と退役軍人組織を利用しようとしたわけです。この事件は、マスコミから妄想、茶番と罵られますが、議会の調査では事実関係が確認されています。ただ、実現にはほど遠い計画だったために、関係者は誰も起訴されていません。

ナチスに利用された感のあるリンドバーグの言動はじめ、当時のアメリカには、ファシストに同調する動きもありました。大人気の英雄リンドバーグは大統領選への出馬も取り沙汰されていました。実際に出馬すれば、アメリカに親ナチ政権が誕生していたかも知れません。恐らく、監督は、ドナルド・トランプのポピュリズムを批判したくて、ビジネス・プロット事件をモティーフにしたのでしょう。ただ、シリアスなドラマを構成するには、やや弱い事件でもあり、結果、コメディに仕立てるしかなかったのでしょう。ところが、コメディというフレームとトランプ批判との折り合いをつけることが難しく、しっちゃかめっちゃか映画になってしまったというところなのでしょう。

トランプの敵でもあるテイラー・スウィフトを、暗殺される役で起用するあたりも政治的意図が明白です。恐らく、監督としては、是が非でも中間選挙前に映画を公開したかったのでしょう。選挙前の予想は、共和党というよりもトランプ派優勢、赤い嵐が起こるとまで伝えられていました。監督は、映画としての完成度を犠牲にしても、公開を急いだのではないでしょうか。ちなみに、バトラー将軍は、老後、各地で講演を行い、産業界が戦争をさせ、兵士を殺していると批判していたようです。軍産複合体批判と言えば、アイゼンハワー大統領の退任演説が有名ですが、その四半世紀前にバトラー将軍が行っていたわけです。いずれも英雄的軍人であった点が興味深いところです。(写真出典:en.wikipedia.org)

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