明るく前向きなおてんば娘エノーラは、愛されるキャラクターです。間違いなく、青少年向け小説の王道をいくキャラクター設定です。余談ですが、”おてんば”あるいは”お転婆”は、オランダ語が語源とも言われます。明るく行動的な少女を、愛情をもって表現する良い言葉ですが、近年、死語になりつつあるように思います。話を戻すと、本家から借用したホームズ、ワトソン、レストレード警部はもとより、地下に潜った反政府活動家の母親とその仲間、気の優しい恋人テュークスベリー卿など、脇を固めるキャラクターも漫画的ですが、分かりやすく魅力的です。窮地に陥った主人公を助ける有力者たちという設定は、青少年向け小説の常道だと思いますが、ストーリー展開上は、小気味よいものになります。
映画は、2作とも、テンポ良く軽快に展開していきます。時には急ぎすぎるくらいですが、妙に説明的だったり、無理に陰影をつけたりしない潔さが心地良く感じられます。青少年向けゆえ、ということなのかも知れませんが、夕食後のエンターテイメントとしては上出来だと思います。いわゆる泣かせどころの家族の絆、恋人との関係も、くどくならない程度に、きっちり盛り込まれています。エノーラの事件簿は、いわゆるパスティーシュものということになります。作品の借用、作風の模倣という意味ですが、既に高い知名度を持つキャラクターの活用は、実にうまい手だと思います。パスティーシュと同様の効果を生むのは、歴史的人物の取り込みです。読者や観客に、意外感と安心感を与えます。
「エノーラ・ホームズの事件簿2」でも、歴史的人物と事件が、うまく活用されています。サラ・チャップマンと”マッチ・ガール・ストライキ”です。マッチ・ガール・ストライキは、1888年、ロンドンのマッチ工場で働く女性や少女たちによって起こされます。搾取的な低賃金、白リンによる健康被害等、劣悪な労働環境が背景にありました。ストライキを主導した一人が、労働組合史にその名を残すサラ・チャップマンでした。サラ・チャップマンとストライキは、映画のメイン・プロットになっています。エノーラ・ホームズの事件簿が成功している理由の一つは、ヴィクトリア朝時代の英国を丁寧に描いていることだと思います。ヴィクトリア朝時代は、産業革命を背景とした英国の絶頂期であるとともに、20世紀以降の世界の発展と課題に関わる全ての要素が芽吹いた時代でもあります。
久しぶりに青少年向け小説の楽しさを味わったような印象です。例えて言うなら、久しぶりに甘いカレーライスを食べたような感じです。青少年向け小説は、古典的名作も多い世界ですが、新しい傑作も生まれていることに安堵感を覚えます。少年少女が、本に親しむことによって、人を知り、社会を知り、世界を知ることのきっかけを得るならば、それは素晴らしいことだと思います。そのために、青少年向け小説は、彼らを夢中にさせる仕組みを持っていなければなりません。エノーラ・ホームズの事件簿は、それを、しっかり持っていると思います。(写真出典:natalie.mu)