コンビーフ(corned beef)を、牛肉の塩漬け全般とするならば、その歴史は判然としないくらい古いと言えます。英語の”corn”は、トウモロコシの粒だけでなく、もともとは”小さくて硬い粒”全般を意味します。牛肉の塩漬を作る際に使う塩の粒や硝酸カリウムの粒から”corned beef”と呼ばれたのでしょう。コンビーフは、大別すると二つの系統があります。例えば、アメリカでソルト・ビーフとも呼ばれる系統は、ブリスケット(肩バラ肉)の単純な塩漬けです。ブリスケットに胡椒をまぶしたものがパストラミですが、塩をまぶせばソルト・ビーフになります。スライスして、サンドイッチの具材にするなどして食べます。
もう一つの系統は、ブリー・ビーフと呼ばれ、煮た牛肉をほぐして牛脂と塩を混ぜたものです。ほとんどは缶詰で供されます。日本で言うコンビーフは、まさにこのブリー・ビーフです。フランス語の”bouilli(煮た)”という言葉からきているようですが、英語では”bully(いじめっ子)Beef”と呼ばれます。ブリー・ビーフは、産業革命が生んだ食品とも言えそうです。19世紀に缶詰が発明されると、船乗りの保存食、兵士の糧食として、ブリー・ビーフの缶詰が量産されています。1875年には、アメリカのリビー社が、おなじみの台形の缶詰を発売しています。日本では、1950年に発売されたノザキのコンビーフ缶が有名です。
台形の缶の形が、江戸時代の箱枕に似ていたことから、日本では枕缶と呼ばれたようです。巻き取り用の鍵のようなものが付属しており、缶の下部を鍵で巻き取るようにして開けます。リビーは、スライスしやすいように塊のまま缶から取り出せる形を考えたようです。また、当時、缶切りも十分には普及しておらず、缶切りが無くても開けられる缶を目指したとも言われます。ノザキのレトロな枕缶も人気だったようですが、開ける手間がかかり、手を切るリスクもあることから、2020年には廃止され、台形はそのままに、シールとプラスチックで底を作った缶に移行しています。あくまでも台形にこだわるあたりに、日本におけるコンビーフの元祖ノザキのプライドを感じます。
沖縄と言えば、ランチョン・ミートが有名ですが、コンビーフもよく食べられているようです。特に、賽の目に切ったじゃがいもと混ぜたコンビーフ・ハッシュは、家庭料理の定番だと聞きます。数年前に、沖縄のコンビーフ・ハッシュのレトルト・パウチが大人気となり、都内では、まったく買えない状態になったことがあります。さすがに沖縄のスーパーでは買えましたが、品薄にはなっていました。コンビーフは、ランチョン・ミートのビーフ版といった風情ですが、販売数は、ランチョン・ミートの方が、はるかに多いようです。いずれも進駐軍が持ち込んだ食文化ですが、やはり沖縄は豚肉文化だということなのでしょうか。(写真出典:cornedbeef.jp)