2022年11月11日金曜日

ラ・パロマ

国立西洋美術館で開催中の「 ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」を見てきました。国立ベルクグリューン美術館は、美術商ハインツ・ベルクグリューンの個人コレクションを中心に構成されますが、その改修工事にあわせ、実現した展覧会です。パブロ・ピカソを中心に、パウル・クレー、アンリ・マティス、アルベルト・ジャコメッティ等の作品が展示されています。展示は、彼らに大きな影響を与えたポール・セザンヌの作品群から始まり、半数を占めるピカソの作品は、制作年代順に展示されています。ベルクグリューンのコレクションの豊富さゆえ実現した展示方法だと言えます。

ピカソは、古今東西の画家のなかで、最も名前の知られた画家の一人だと思います。なぜピカソは、これほどまでに評価され、人気があるのでしょうか。ピカソは、ジョルジュ・ブラックとともにキュビズムの創始した画家です。キュビズムは、絵画の立体化において、遠近法と並ぶほど革命的だと言われます。ただ、歴史的重要性だけでは、ピカソ人気の説明として不十分だと思います。多作であったことも影響しているかも知れません。また、ピカソが注目を集め始めた時代は、産業革命によって財をなした資本家たちがその力を誇示する時代でもあり、絵画市場も活況を呈しました。ピカソは時代の波に乗った画家とも言えそうです。

しかし、ピカソ人気の最も大きな要因は、確かな画力に裏打ちされた”やさしさ”の表現だと思われます。キュビズムは、造形的には異様な代物だとも言えます。ピカソの絵画は、その見た目の異様さを超えて、対象へのやさしさや愛情あふれる目線を感じさせます。人々は、そこに惹かれるのだと思います。要は、技巧そのものではなく、技巧を持って何を描こうとしているのか、ということです。ピカソの絵画は、表面的な異様さゆえに、一層、そのやさしさが強く伝わり、人々をとりこにしているように思います。ピカソの本質を最もよく表わしているのは、シンプルな線だけで描かれた“平和の鳩”、”花と鳩”といったパロマ(鳩)の連作はではないかと思っています。

ピカソの確かな画力の背景には、デッサンの凄さがあると言われます。美術教師だった父親は、幼かったピカソに、徹底的にデッサンを仕込んだようです。マラガにあるピカソの生家の前を通ったことがあります。アパルトマンの前には、公園がありました。恐らく、ピカソは、数え切れないほど、公園の鳩をデッサンしたのだと思います。それが類い希な技巧と優しい目線を生んだのではないでしょうか。ピカソの鳩は、得も言われぬやさしい線で描かれ、見ただけで、心が穏やかになり、幸福感を感じさせます。まさに天才を感じさせます。ピカソのすべての絵画の背景には、あのやさしい鳩がいると言えるかも知れません。ちなみに、ピカソは、愛娘にパロマという名前を付けています。

今回のベルクグリューン美術館展で、最も興味を引いたのは。「両大戦間のピカソ」というコーナーでした。この時期のピカソ作品には、本来のやさしい目線だけではない不安感が感じられます。ピカソの代表作の一つ”ゲルニカ”が描かれた時期でもあります。多くのメタファーで埋め尽くされた絵画は、人間の愚かさへの怒りや絶望だけでなく、賢明さへの願いが込められているとも言われます。ピカソの反体制、左翼といったスタンスが、如実に反映されています。ただ、それは思想というよりも、愛と平和の画家ピカソの本質が現わす一側面なのだろうと思います。丸の内オアゾの1階には、”ゲルニカ”の複製が飾られています。あらためて見に行きたいと思いました。(写真:ピカソ”黄色のセーター” 出典:tokyo.np.jp)

マクア渓谷