2022年10月27日木曜日

カルバチネ

Carbatinae
父親が、イタリア製の靴は世界一だ、と言っていたことを覚えています。デザイン性の高さのことだと理解していました。ところが、初めてローマを訪れた時、デザインの問題だけではないことが、よく理解できました。ローマは、石畳の町です。なかには古代ローマにまでさかのぼれるような古い石畳もあります。柔な靴では、あんな道を歩けませんし、すぐに壊れてしまいます。デザイン性だけではなく、かなりしっかりした作りの丈夫な靴でなければ、ローマでは暮らせません。従って、ローマの人たちの靴を見る目も厳しくなり、結果、世界一の靴が生まれたのでしょう。

人類が、いつ靴を履き始めたかは、太古の昔からとしか言いようがないと思います。7000年前のヨモギの樹皮で作られた靴がアメリカで発見され、一応、これが最古とされています。ただ、残っていないだけで、数万年前から履いていたのでしょう。3000~4000年前頃からは、皮の靴が履かれていたようです。ただ、古代ギリシャの人々は、あまり靴を履くのが好きではなかったようです。どうも、靴を履くことは軟弱だと思っていたようです。かのアレキサンダー大王も裸足で、裸足の兵を率いて大遠征を行ったわけです。あらゆる点においてギリシャを手本とした古代ローマですが、靴だけは履いていたようです。土地や気候、あるいは戦った地域の広さの違いなのかも知れません。

古代ローマの兵士の靴は、数多く出土しています。”カリゲ”と呼ばれるサンダル状のブーツのようなものです。厚い皮底に鋲を打ち付け、多数の皮紐で足首までを固定しています。寒冷地では、ソックスを併用していたようです。2世紀頃には、一般人も使用していた足全体を皮で覆う”カルバチネ”という靴に変わります。その後、古代ローマでは、サンダルからブーツまで、実に多様な靴が作られていったようです。支配地域が広大であり、様々な気候や風土に対応する必要があったのでしょう。また、社会の成熟とともに、靴は身分を示すものとして使われていたようです。イタリアの人々は、2000年に渡り、靴を作り続けてきたわけです。そりゃ、世界一の靴ができるわけです。

ただ、イタリアの靴造りは、その長い歴史が仇になり、機械化や工場生産といった近代化が遅れます。職人の多かったイタリアは、産業化が進んだイギリスやアメリカにお株を奪われる格好となったわけです。第二次世界大戦後、イタリアの製靴産業も、ようよう近代化が進むことになります。すると、スチール芯の入ったセクシーなピン・ハイヒール、マッケイ製法による軽やかでおしゃれな紳士靴など、技術力に裏打ちされたデザイン性の高さで、世界を魅了することになります。レディースではサルヴァトーレ・フェラガモ、プラダ、ヴァレンティノ等、メンズではサントーニ、マリーニ、ア・テストーニ等、イタリアの靴業界は、高級ブランドがひしめいています。

紳士靴に関して言えば、イギリス製とイタリア製は、好対照と言えます。どっしりとして格調の高さを感じさせるイギリス製に対して、軽やかで洒落のめした印象のイタリア製ということになります。その外見の違いは、主に製法の違いによります。イギリスのグッドイヤーウェルト製法は、アッパーと中底とウェルトを一体的に縫い付け、それをアウトソールに縫い付ける製法です。ウェルトとは、アッパーとアウトソールを接合するための縁取りです。従って、上から見ると、靴底が張り出しているような感じになります。イタリアのマッケイ製法は、アッパーと中底を直接アウトソールに縫い付けます。軽やかで、皮で足を包み込むような印象になります。雨の多いイギリスと乾燥したイタリアという気候が生んだ違いなのでしょう。マッケイ製法は、どことなく、一枚皮から加工した古代のカルバチネの伝統が活きているように思います。(写真出典:der-roemer-shop.de)

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