2022年10月28日金曜日

「輝かしき灰」

監督:ブイ・タック・チュエン    2022年ベトナム・フランス・シンガポール

☆☆☆☆ー

ホーチミン市へ行った際、メコン・デルタ・クルーズというツアーに参加しました。メコン・デルタを船で進み、小舟に乗り換えてジャングルのなかを巡るというものでした。昼食は、ジャングルのなかに建屋が点在するようなレストランでいただきました。そのヴェトナムらしいしつらえと川魚料理の味の良さが印象に残りました。また、メコン・デルタの農村の素朴な生活ぶりを垣間見れたことも良かったと思います。一つ、意外だったのが、川の匂いです。例えば、バンコクでは、うっすら漂う川の匂いが気になります。それが無かったのです。

「輝かしき灰」は、ヴェトナム南端の農村が舞台となっています。東京国際映画祭のコンペティション部門に参加するワールド・プレミア作品であり、意外にも、ヴェトナム映画としては、コンペ部門初参加とのこと。監督・プロデューサー・俳優たちも出席し、主にマスコミ向けなのでしょうが、上映後にはQ&Aも行われていました。原作は、ヴェトナムを代表するグエン・ノック・トゥという作家による小説だそうです。ブイ・タック・チュエンは、海外でも多くの賞を獲得してきた著名な監督であり、ドラマもドキュメンタリーも撮っています。作品は、一部、日本でも公開されているようです。

映画は、三人の女性と、そのパートナーとの関係を描いています。料理、裁縫も得意な美人で華やかな女性は、優しい美男子と結婚します。ただ、彼女の不注意で娘を亡くすと夫は心を病んでいきます。地味で堅実な農民の娘は、妊娠したことで憧れていた無骨な青年と結婚します。ただ、夫は前述の美人への思いを断ち切れず、海で働き、家には居着きません。今一人の女性は、少女時代にレイプされ、精神のバランスを失っています。彼女は、刑期を終え、村に戻ったレイプ犯を慕い続けます。三者三様の愛の形とも言えますが、ヴェトナム社会の今日的な姿が投影されているようにも思えます。

アジアの映画は、おおよそ台湾ニューシネマの影響下にあります。ブイ・タック・チュエン監督も同様に、自然主義的、写実的で、じっくりとカメラを構えます。ただ、台湾ニューシネマの叙情性とは異なり、キッチリと計算されたドラマ性があります。クリアに、緑と川と雨を映し出すカメラも見事なものです。特に、夜のジャングルのなかで燃え上がる家を、川越しに撮った映像は、美しく、象徴的で印象に残りました。また、民族的なテーマに基づくモダンな音楽も、実に効果的で耳に残ります。本作は、単純でエモーショナルな映画だと言っていた女性プロデューサーは、アオザイをデフォルメした美しい服を着用していました。伝統をしっかり踏まえたモダンさが、今日的ヴェトナム文化の特徴かもしれません。

さて、川の匂いの話ですが、バンコク市内を流れるのは、チャオプラヤー川です。泥色の大河です。都市部を流れる川は、どうしても汚れ、ヘドロも堆積しやすく、匂いが発生しやすいのでしょう。一方、メコン川も泥色をした大河がですが、メコン・デルタあたりは、ジャングルのなか、あるいは水田地帯を流れます。これが匂いの違いにつながっているのでしょう。本作に登場する川も、やはり泥色です。ただ、恐らく嫌な匂いはしないのではないかと思われます。水田の国ヴェトナムは、上手に自然のバランスを保ってきたように思います。ヴェトナム社会も同様な面があるように思いますが、そのバランスは、まだまだ女性の犠牲のうえに成り立っているのかもしれません。(写真出典:kinhteplus.com.vn)

マクア渓谷