2022年10月12日水曜日

あなごめし

観月能を観るために渡った宮島で、能の前の腹ごしらえに何を食べようかと迷いました。牡蠣か穴子かという二択です。牡蠣ははしり、穴子はなごりと、いずれもやや旬をはずしています。宮島と言えば、やはり穴子かと、名店「ふじたや」の”あなごめし”を食べることにしました。大人気店「ふじたや」は、行列が絶えないと聞きますが、夕刻、閉店間際なら大丈夫だろうと思いました。案の定、行列はありませんでしたが、店内は、ほぼ満席状態でした。1902年創業、ミシュラン一つ星だけあって、客足は絶えないわけです。メニューは、酒肴は別として、”あなごめし”一本という潔さです。

素焼きして、たれを付けて何度か焼いたと思われる天然穴子は、一口大に切られ、ご飯の上に並べられます。たれは、穴子の出汁がよく効いた絶品です。おそらく継ぎ足しなのでしょう。穴子とご飯をどんぶりに盛った状態で、せいろ蒸しにしてあるようです。たれのかかったご飯が、穴子に負けないくらい美味しく艶やかに仕上がっています。穴子は、蒸しの工程で、多少ふっくらするのでしょうが、直焼きの野趣を残す風味と歯触りです。東京のふっくらとした煮穴子とは、まるで別物です。東京も穴子と言えば、天然ものですが、穴子の違いからか、煮穴子が多いのかも知れません。ちなみに、目の前の浜で獲れるふじたやの穴子は、腹が脂で黄色味がかり”黄金あなご”と呼ばれます。

印象的には、鰻を蒸して焼く関東風と直焼きの関西風との違いに近いものがあります。鰻の場合、関東の背開きに対して、関西の腹開きと言われます。江戸は武士の町であり、切腹を連想させる腹開きを嫌ったと言われます。穴子も同様、東京では背開きにしますが、理由は、煮穴子にしやすいからと聞きます。西日本の直焼きの穴子は、腹開きが主流ですが、宮島だけは背開きだそうです。それが何故なのかはよく分かりません。宮島は、神の島ですが、神様には、背も腹も関係ないように思います。厳島神社が、平清盛、毛利元就など武家に庇護されたからかも知れません。ただ、恐らくは、脂の乗った腹身を堪能するために、あえて背開きにしているのではないか、と思います。

東京で、あなごめしと言えば、日本橋の「玉ゐ」の”箱めし”ということになります。お重ですが、なぜか箱めしと呼びます。箱めしは、”煮上げ”と呼ばれる煮穴子、”焼き上げ”という直焼きを選べます。また、両方を食べ比べできる”合いのせ”もあります。日本橋の本店は、江戸風情を感じさせる店構えですが、実は、2005年創業という新しい店です。東京初の穴子専門店を目指したと聞きます。実際、「玉ゐ」以外に、あなごめし専門店は聞いたことがありません。やはり、東京の穴子は、江戸の頃から、寿司ネタが中心だったということです。鮨屋の穴子は、職人の腕が出ると言われます。手間もかかり、仕上がりにも大きな違いが出やすいネタです。東京の煮穴子は、鮨屋の激しい競争が生んだ逸品なのでしょう。

穴子は、鰻に比べ、脂が少なく、あっさりしています。ゆえに、江戸では醤油を使った煮穴子になったものと思われます。個人的には、好んで穴子を食べるほうではありません。どうしても鰻と比べるところがあって、穴子は、常に分が悪いわけです。ただ、希ではありますが、無性に食べたくなることはあります。その際、イメージしているのは、やはり煮穴子です。ふじたやの直焼きのあなごめしも美味しくいただきましたが、次回、宮島に行く際には、商店街にある「牡蠣屋」を選択することになりそうです。(写真出典:crea.bunshun.com)

マクア渓谷