2022年9月25日日曜日

「デリシュ」

監督:エリック・ベナール       2021年フランス

☆☆☆+

食と革命、フランス人の血であり肉であるこの二つを融合させた大人のおとぎ話です。とてもよくできた脚本であり、絵のように美しい映像であり、よくこなれた演出であり、実に達者な演技だと思います。この映画を見たフランス人たちは、拍手喝采したと思います。ラストシーンで、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」が流れなかったことが不思議なくらいです。こういう佳作は、映画界の宝です。大事にしたいものです。ただ、本作を、実話のごとく紹介するパブリシティは、気になります。主人公マンスロンは、フランス革命前の料理人たちを象徴する架空の人物です。

大雑把に言えば、フランス革命以前の料理人とは、宮廷やお屋敷で、貴族のために料理を作る人たちのことでした。革命で貴族が没落すると、職を失った料理人たちが、街にレストランを開き始めたわけです。粗末な食事を提供する旅籠や居酒屋は、昔から存在しました。レストランは、着席して、給仕を受け、メニューから料理を選ぶスタイルです。レストランという言葉は、回復というフランス語に由来します。疲労回復に効果のあるスープ等を指した言葉だったようです。18世紀中葉には、パン屋が、スープや卵料理等、回復効果の高い料理の提供を始めていたようです。フランス最初のレストランは、1782年、貴族のお抱え料理人だったアントワーヌ・ボーヴィリエが、パリに開いた「Grand Taverne de Londres」とされます。

本作では、そのあたりの歴史が、うまく織り込まれていると思います。なお、映画では、主人公たちが、コース料理を発案したことになっています。実際のところ、宮廷風の大皿料理からコース料理への展開は、アントン・カレームの弟子たちが、ロシア料理にヒントを得て発案し、オーギュスト・エスコフィエによって完成されたとされます。ただ、いずれも19世紀になってからのことです。このあたりも、上手に取り込んでいるわけです。映画に登場するレシピや調理法は、専門家の監修のもと、18世紀の実態に近いものが再現されているようです。タイトルにもなっている「デリシュ」は、美味しいという意味ですが、主人公が考案した料理の名前でもあります。これも、映画のために、専門家たちが開発したレシピのようです。

じゃがいもとトリュフを使った創作料理「デリシュ」を、貴族の正餐に出した主人公は、聖職者からこき下ろされ、貴族たちもこれに同調します。これがプロットのキーになっています。当時、教会は、天国に近い、つまり空中高く生育した食物を良しとし、地中から採れた作物を否定していました。まさに貴族と庶民の関係そのものです。「デリシュ」は、旧体制の硬直性を表わす、実にうまい仕掛けだと思います。主人である伯爵は、地中作物を料理に使ったことを怒り、主人公に謝罪を求めます。ただ、彼は、決して謝ることはなく、解雇されます。これも、また革命そのもののメタファーです。他にも、当時は存在しなかった女性料理人、決して庶民と食卓を同じくしなかった貴族等々、本作には、革命モティーフが多く散りばめられています。

映画のラストには、3年後、バスティーユが陥落した、という字幕が流れます。食を題材としながらも、徹底的に革命モティーフにこだわった脚本が、この映画の成功の要因だと思います。ある意味、勧善懲悪ものと同様のカタルシスを与えてくれます。ちなみに、革命を意味するレボリューションも、回転というフランス語を起源とします。日本は、革命を経験していない希な国だと言われます。明治維新も武家社会における政変と捉えるべきなのでしょう。ただ、明治維新は、市民革命に近い効果を生み出したとも言えます。フランス革命とは異なりますが、明治維新も食に革命をもたらしました。食を通じて革命を語ることは、誠に正しいアプローチだと言えます。(写真出典:filmarks.com)

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