フランシス・マリオンは、1732年、サウスカロライナのプランテーション農家に生まれます。両親は、フランスから移民してきたユグノー、つまりプロテスタント・カルヴァン派でした。マリオンは、船乗りの経験を経て、軍に入り、独立戦争が始まると連隊長として参戦しています。イギリス軍がチャールストンを陥落させると、マリオンは、民兵部隊を率いてゲリラ戦を開始します。マリオン部隊に手を焼いたイギリスは、追討のためにバナスター・タールトン男爵を送り込みます。しかし、沼沢地を、巧みに逃げ、攻撃してくるマリオンを捕まえることはできませんでした。その際、タールトンが「このいまいましい年老いたキツネは悪魔ですら捕まえられない」と語ったとされ、マリオンは、沼の狐と呼ばれるようになります。
ローランド・エメリッヒ監督の「パトリオット」(2000)は、アメリカ独立戦争を描いた大作でした。メル・ギブソン演じる主人公は、マリオンを主に、他の著名軍人の要素も加えて創作された架空の役です。映画がヒットすると、英国から、マリオンは英雄視されるべき人物ではない、との批判が起こります。残虐なテロリストであり、チェロキー・インディアンを迫害し、楽しみのためにインディアンを殺し、奴隷をレイプしていたというのです。インディアンの迫害や虐殺は、フレンチ・インディアン戦争時のことであり、当時の基準からすれば、突出したことではないとされます。また、マリオンは、奴隷と良好な関係を保っており、レイプも事実無根のようです。ただ、テロリストという批判だけは微妙です。
ゲリラ戦は、比較的少人数の非正規軍が仕掛ける戦闘であり、大昔から存在していました。ゲリラはスペイン語ですが、ナポレオンに侵攻されたスペインの農民が行った戦いが”guerrilla(小戦争)”と呼ばれたことから広まりました。レーニンが、ゲリラ戦をパルチザン戦法として確立したことから、左翼革命の典型的な戦い方となります。また、第二次世界大戦では、占領地でのレジスタンスとして、あるいは毛沢東による遊撃戦論として確立されます。兵力と火力で戦う戦争はヴェトナム戦争で終わったと言われます。近代的な陸上戦は、ゲリラ戦の要素が大きいわけです。一方、テロリズムは、フランス革命時のジャコバン党による”恐怖政治”が語源であり、暴力的抗議活動ということができます。ただ、近年は、ゲリラとテロの境目がはっきりしないケースが増えているようにも思います。
マリオンに限ってみれば、戦争状態のなかでの戦闘であり、やはりゲリラ戦というべきであり、テロではありません。マリオンの戦いは、ミニット・マン等とともに、アメリカ伝統の民兵(ミリシア)という文化の起源になっています。アメリカには州兵(National Guard)制度がありますが、これも民兵が起源となっています。そして合衆国憲法修正2条は、民兵の必要性を謳い、国民から銃を所持・携帯する権利を奪ってはならない、としています。米国における銃規制強化が進まない最大の要因は、この憲法修正2条の存在です。いかに民兵が独立に貢献したとは言え、現代は、スワンプ・フォックスの時代とは大いに異なります。憲法を改正しろとまでは言いませんが、もっと厳しい銃の管理規制を導入すべきだと思います。(写真出典: marionso.com)