東日本大震災のおり、一切暴動も起きず、支援物資や水を手にいれるために、粛々と行列を作る日本人が、世界中から注目されました。日本に来た外国の人たち、特にアジア各国の人たちは、日本人が、そこここで整然と行列を作っている光景に驚くようです。先進国と発展途上国の民度の違いだという説もありますが、どうも日本だけが極端な行列の文化を持っているようです。他国では、行列ができたとしても、割り込む人が後を絶たないとも聞きます。 儒教の影響や道徳観の違いとも言われますが、どうもピンときません。外国人が、良く言うのは教育の問題です。日本では、幼稚園の頃から、行列の文化がたたき込まれるが、他国には、そのような教育は存在しないというわけです。
そこで気になるのが、江戸時代以前の行列事情です。江戸時代の行列と言えば、まずは参勤交代の大名行列ということになります。大名がその威信を示し、競い合うという面もあったのでしょうし、対内的には身分の上下を明らかにする意味もあったのでしょう。また、祭礼における行列も珍しくありません。これも大名行列と同様の意味合いだったのでしょう。ただ、一方で、庶民が、何かを手に入れるために行列するというイメージは、まったくありません。例えば、浮世絵や落語のなかで、庶民が行列する姿は、見たことも、聞いたこともありません。人が少なかったとも言えますが、100万都市江戸は人であふれていたはずです。江戸期に、行列の文化がなかったとすれば、やはり教育に起因するという説が有力になります。
1872年、明治5年に“学制”が公布され、日本の国民教育がスタートします。その3年後、小学校の数は、既に2万4千を超えていたようです。その早い普及の背景には、寺子屋の存在があったのでしょう。1886年には、義務教育制が布かれています。明治政府による教育体制は、富国強兵の一環として整備されたものです。軍服調の学生服など象徴的です。”体育”という教科名は、戦後、GHQの指示で定められたものです。明治期には”体術”、”体操”と呼ばれ、良き兵士を育てる礎とされました。そして、戦時下にあっては、よりストレートに”体錬”と呼ばれることになり、教練・体操・武道を教育内容としました。いずれにしても、戦前までの体育教育は、軍隊式だったと言うことができます。恐らく日本の行列の文化は、そこで形成されたのではないかと思います。
コロナ禍のなか、世界中で、PCR検査、ワクチン接種を受けるために、長蛇の行列を作っている姿が見られました。ただ、世界中が行列文化を持つようになったわけではないのでしょう。当局によって統制、強制された行列です。コロナに関しては、官に頼らざるを得ない状況があります。行列には、官との関係という側面があるように思えました。つまり、行列とは、社会統制の浸透度の現われであり、官に対する従順さが、行列の文化の根底にあるようにも思えます。日本の行列文化は、明治以降の軍国主義の産物というだけでなく、長きに渡った江戸時代、日本人に染みこんだ”お上”には逆らえないという精神風土が、深く関係しているのかも知れません。(写真出典:shinbashi.keizai.biz)