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黄金時代を牽引したのは、”フーダニット(Who done it)”と呼ばれる本格謎解きスタイルでした。フーダニットは、まるでパズルのようなプロットや構成が特徴であり、読者も謎解きに挑戦するといった風情が人気を集めます。小説の構成は、表裏一体となった二重構造であり、表側では探偵による捜査が読者に語られ、一方、裏側には、探偵と読者が知らない真実が存在します。表側には、裏側の真実を示唆する伏線が張られます。また、犯人と疑われるような登場人物を多く配置し、探偵によるミス・ディレクションも織り込むなど、読者を真実から遠ざける仕組みも使われます。いずれにしても、最終的には、探偵が関係者を集めて、解き明かした真実を伝えます。いわゆる大団円です。
パズル的なフーダニットでは、閉鎖的なロケーションが望ましく、田園にある貴族の屋敷、保養地の島、列車や船、そして密室等が舞台とされます。また、パズルを小説化するためには、多彩で魅力的な登場人物、大時代的なしつらえ、ペダントリーといったデコレーション等に加え、個性的な探偵が必要となります。S.S.ヴァン・ダインのファイロ・ヴァンス、エラリー・クインのエラリー・クイン、フリーマン・ウィルス・クロフツのフレンチ警部、アール・デア・ビガーズのチャーリー・チャン、E・S・ガードナーのペリー・メイスン、アガサ・クリスティのミス・マープル等々、枚挙に暇がありません。フーダニットは、名探偵ものとも言えます。
なかでも、シャーロック・ホームズ以降で最も有名な探偵と言えば、アガサ・クリスティのエルキュール・ポアロということになります。ベルギー人の小男、なでつけた黒髪、八の字髭といった、どこかコミカルな風情の名探偵です。ポアロの際だった特徴は、捜査対象者との会話から、その人となり、心理状況、隠された嘘等を明らかにしていく洞察力です。その能力を、ポアロは「灰色の脳細胞」と呼びます。外国人であること、背が低いこと、コミカルな風体であることが、捜査対象者の油断を引き出す面もあります。1920年の「スタイルズ荘の怪事件」に始まり、長編33編、短編50編という驚異的な作品数を誇ります。「オリエント急行の殺人」、「アクロイド殺し」、「ABC殺人事件」、「ナイルに死す」等が有名です。
本質がパズルであるフーダニットは、斬新なプロットの発想にも限界があり、様式的になりがちな面もあり、マンネリ化します。フーダニットの”Who”は、“How”に、そして”Why”へと展開し、それが、そのままミステリの進化につながります。また、黄金時代には、大衆的な読物雑誌から、ダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラー等が登場し、ハードボイルドが生まれています。探偵は、書斎ではなくストリートに身を置き、より社会的、より心情的なテーマに取り組みます。チャンドラーのフィリップ・マーロウは、ハードボイルドの代名詞でもあります。ポアロの後継者よりも、フィリップ・マーロウの後継者の方が数は多いと思います。ハードボイルドの読者は、疲弊した社会、募る孤独感にリアリティや共感を覚え、人と人との絆にかすかな希望を託すセンチメンタリズムに惹かれるわけです。(写真:アルバート・フィニー演じるポアロ 出典:amazon.co.jp)