トムヤムクンは、14~18世紀に栄えたアユタヤ朝がフランスの使節団をもてなすために、ブイヤベースをタイ風に作ったことが起源だとも言われます。眉唾な話ではありますが、各国の料理の影響を受けて成立したというタイ料理の歴史には相応しい話かも知れません。タイ料理の特徴は、複雑さにあると言われます。タイ料理の場合、辛いものは辛い、甘いものは甘いということがなく、全ての料理に、うま味、酸味、甘味、塩味、辛味があり、この構成の違い、素材の味、香りで多様性を生んでいると言われます。さらに、北部、中部、南部、そしてイサーンと呼ばれる東北部、と4つの地方がそれぞれ独特の味を持っています。
塩味と辛味が強い東北部イサーンの料理の代表は、青パパイヤのサラダ”ソムタム”や鶏の炭火焼き”ガイヤーン”あたりでしょうか。北部では、酸味と辛味が抑えられたマイルドさが特徴とされます。代表と言えば豚皮炒めの”ケープムー”やミャンマー風といわれる豚の煮込み”ゲーン・ハンレー”が有名です。南部は、激辛、酸味、甘みに香りと、実にタイ料理らしい味が特徴です。イエロー・カレーの代表”ゲーンルアン”や激辛ドライカレーの”クアクリンスィークームー”が知られます。中部は、各地の要素が全て入った料理と言われます。タイ料理の代表的メニューは、ほぼ中部系です。CNNで世界一美味しい料理に選ばれた”ゲーン・マッサマン”、ソフトシェル・クラブの大人気カレー”プー・パッ・ポン・カリー”も中部生まれです。
タイ族の起源は、元に圧迫され雲南から逃げてきたスコータイ族だと言われてきました。タイで初めての王朝はスコータイで間違いないのですが、近年、発掘や研究が進み、その民族構成は古代からイサーンに土着していたタイ族だったとされているようです。その後クメールの支配下に入り、13世紀にスコータイ王朝が誕生しています。世界遺産にも登録されたイサーンのバンチェン遺跡では、紀元前3世紀頃の陶器や農耕の痕跡が発掘されています。複雑な味のタイ料理ですが、実は、ナンプラーはじめ発酵が大きな役割を果たしています。恐らく、発酵の発祥地とされる中国南部から、稲作とともにイサーンへ伝播したものと思われます。ちなみに、トムヤムクンは、現在、世界文化遺産への登録申請中とのことです。
東京には、タイ料理店が、600店以上あると言われます。例えば、”マンゴツリー東京”の上品な味は間違いのない美味しさです。ういろうのようなデザート”カノムチャン”は大好物ですが、ここでしかお目にかかれません。ただ、私が、これぞタイ料理と思うのが、歌舞伎町の”バンタイ”です。バンコクの下町を思わせるような店内にはタイ人客が多く、いつも活気に満ちています。以前には、小岩と新御徒町にある”いなか村”もお気に入りでした。特に小岩の本店は、店名も含めて居酒屋を居抜きでタイ料理店にしており、焼き魚用の角皿にパッタイが出てくるという珍妙な店でしたが、味は抜群で、タイ人のためのタイ料理という印象でした。(写真出典:sbfood.co.jp)