2022年7月11日月曜日

キリル文字

日本人は、ラテン文字のアルファベットに馴染んでいることもあり、ギリシャ文字やキリル文字のアルファベットに違和感を感じます。特にキリル文字は、ラテン文字と同じ文字もあり、反転させたような文字もあり、余計に混乱します。スラブ系の国々に、欧州からラテン文字が伝えられた際、船が大揺れして文字がゴチャゴチャになり、それがキリル文字になった、という話をよく聞かされたものです。恥ずかしながら、疑うこともなく、キリル文字の歴史を調べることもなかったので、長い間、その話を信じていました。

もちろん、ただのジョークです。もともとスラブ系諸国には、文字がありませんでした。9世紀、モラヴィア国王が、キリスト教を布教するために、東ローマ帝国に伝道師の派遣を要請します。ギリシャ正教会は、キリルとメフォディという宣教師兄弟を派遣します。二人は、布教にあたり、ギリシャ文字をベースに、スラブ語を表記する文字を考案します。これがグラゴル文字であり、キリル文字の原形となります。グラゴル文字は、スラブ社会に浸透していきます。ただ、ローマ教会が二人の布教を妨害したことから、メフォディの没後、キリルと弟子たちはブルガリア王国に逃げ布教を続けます。

ブルガリアでは、一部、ギリシャ文字が使われていたこともあり、グラゴル文字は、よりギリシャ文字に近い形となり、900年前後には、現在に至るキリル文字が完成を見たようです。その時、すでにキリルは没していたようですが、その功績に敬意を表して、キリル文字と呼ばれているようです。大雑把に言えば、グラゴル文字はギリシャ文字の小文字をベースにスラブ語の発音を取り入れ、キリル文字は大文字をベースにしているようです。アルファベットを枠組みとする表音文字ゆえ、ギリシャ文字からコンバートできたわけです。表意文字である漢字にはできない芸当です。漢字は、伝播した各国で、同じ文字が使われ、発音が異なるわけです。

現在、キリル文字のみが使われている国は、ロシア、ベラルーシ、ウクライナ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、北マケドニア、ブルガリア、キルギスです。かつては、ソヴィエトの衛星国でも広く使われていましたが、各国が独立すると、ラテン文字への転換が進んできたようです。アルファベット・ベースなら、キリル文字よりラテン文字の方が国際性が高く、使い勝手がいいわけです。パソコンの時代にあっては、なおさらです。ロシアでは、法律でキリル文字の使用が規定されているようです。ロシアでも、ラテン文字への転換が議論されたことがあったのではないでしょうか。歴史にIFは禁物ながら、ロシアが、その歴史のどこかで、ラテン文字への転換を行っていたとすれば、その後の世界の歴史は大きく変わっていたように思います。

漢字文化圏で、大胆なラテン文字への転換を行ったのが、ヴェトナムです。1945年の独立時に正式に変えています。脱漢字については、韓国も15世紀に行っています。ハングルという独自の表音文字を作りました。ヴェトナムの場合、フランス統治下であったことが影響してラテン文字を選択したのでしょう。日本のローマ字方式でラテン文字化したわけですが、6つの声調、12の母音といったヴェトナム語独特の発音をラテン語化することは、なかなか難しかったようです。結果、ヴェトナムの文字には、やたら補助記号がついており、新たに学ぶ外国人にとっては、大きなハードルになっていると聞きます。(写真出典:4travel.jp)

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