ステューベン・グラス・ワークスは、1903年、NY州コーニングの町でガラス工場を営むトーマス・ホークスが、英国からガラス工芸家のフレデリック・カーダーを招聘して、創業されました。社名は、コーニングの町があるステューベン郡からとられています。1918年には、世界最大のガラス・メーカーであるコーニング社の傘下に入ります。それまで芸術性の高い着色ガラスが主だった作風は、コーニング社が開発した品質の高いクリスタル・ガラスを使った現代的なデザインへと変わります。1939年のニューヨーク万国博覧会の未来館に出品されたステューベンの作品は、世界中から注目を集めることになります。1947年、エリザベス2世の結婚に際しては、米国大統領からのお祝い品としてステューベンが選ばれます。以来、ステューベンのクリスタル・ガラスは、米国大統領の公式ギフトになりました。
世界最大のガラス・メーカーであるコーニング社は、高い技術力をもって、時代のニーズに応えてきた会社だと思います。鉄道信号に始まり、白熱電球のバルブ、温度計、パイレックス、ブラウン管、光ケーブル等を市場に送りこんできました。近年は、一層、IT分野での存在感を増しているようです。ハイテク企業化の流れのなかで、2008年、コーニングは、ステューベンを、流通業者のショッテンシュテイン社に売却します。ショッテンシュテイン社は、2011年、既に利の薄い商売になっていたステューベンの廃業を決めます。商売だけを考えれば、至極当然の判断だったのでしょう。あわてたコーニング社は、ステューベンを買い戻しました。恐らく、多方面からのプレッシャーがあったものと想像できます。なにせ、大統領のギフトですからね。
近代的な工業の中から生み出された工芸品を守ることは、なかなか難しいのだろうと思います。会社経営は利益や投資だけで判断せざるを得ない面があるからです。現代では「伝統を守る」といっても、株主利益に直結しない限り、当然、否定されます。かつて存在したクリスタル・ガラス・メーカーの多くは、事業から撤退するか、事業を売却しているようです。日本を代表するメーカーだったHOYAも、既にクリスタル・ガラスからは撤退しています。健闘しているのは、古くから伝統を守ってきたブランドだけです。フランスでは16世紀創業のサン・ルイ、18世紀創業のバカラ、オーストリアでは19世紀創業のスワロフスキー、アイルランドでは18世紀創業のウォーターフォード等が挙げられます。
クリスタル・ガラスは、通常のガラス成分に、酸化鉛を加えて作ります。鉛を加えることで、透明度や屈折率が高くなるので、上質なガラス製品となります。また、鉛を加えるので、重くなり、叩くと高音で伸びのある音がします。加工がしやすいことでも知られ、日本の切子もクリスタル・ガラスをカットしたものです。ガラスの歴史は、6.000年を超えると言われます。原材料に鉛が含まれることも多く、鉛ガラス自体は古代から存在していました。ただし、計算された分量の酸化鉛を加えるクリスタル・ガラスは別ものです。その起源については諸説あるようですが、1676年、英国のジョージ・レイヴンズクロフトが、偶然、酸化鉛を混入したところ、クリスタル(水晶)と見まごうばかりに輝くガラスが生まれた、とされています。(写真出典:selectors.jp)