監督: マッツ・ブリュガー 2020年デンマーク・スウェーデン・ノルウェイ・英国
☆☆☆+
昨年、映画館での上映を見逃して、残念に思っていたのですが、今回、Netflixにアップされた映画です。マッツ・ブリュガーのドキュメンタリー映画は、独特の手法で制作されます。正式な許可なく、隠しカメラ等を駆使する、いわゆる突撃型ではありますが、例えばマイケル・ムーア等と決定的に違うのは、偽装して潜入して撮影することです。真実に迫るためには手段を選ばない、とも言えますが、ただのキワモノになる恐れもあります。つまり、ドキュメンタリーが持つ客観性や真実味が失われる可能性があり、そこまでして真相に迫れなければ三流週刊誌並みの安っぽい手法だけが印象に残ることになります。前作「誰がハマーショルドを殺したか?」は、衝撃を与えるとともに高く評価されました。1961年、コンゴ動乱の調停にむかった国連事務総長ハマーショルドの乗った飛行機が墜落します。当時から謀殺説が有力でしたが、その真相を追うドキュメンタリーでした。偽装取材によって、謎の組織の存在まで到達します。ただ、完全解明、告発までにはほど遠く、ややフラストレーションの残る映画でした。むしろドラマ化した方が良かったのではないか、とも思いました。ただ、今回の「The Mole」は、かなり危険な方法によって、北朝鮮の武器ビジネスの実態を映像として捉えています。北朝鮮の武器輸出は、よく知られた事実ですが、制裁逃れの実態が、ここまで明白に記録されたことは、まさに衝撃的です。
ブリュガーの映画を見て、北朝鮮に興味を持ったという目立たない元料理人の男が、潜入取材を引き受けます。デンマーク北朝鮮友好協会に潜入し、時間をかけて信用を得た彼は、北朝鮮に招かれ、メダルも授与されます。また、北朝鮮政府唯一のヨーロッパ人と言われるスペイン人のアレハンドロ・カロ・ディ・ベニョスの信頼を得た彼は、北朝鮮ビジネスへの投資家を探すように言われます。ブリュガーは、武器売買に興味を示す事業家役として、フランス外人部隊あがりの麻薬ディーラーをリクルートします。彼は、出獄したばかりでした。二人は、北朝鮮、ウガンダ、ヨルダン、北京等を回り、北朝鮮の武器売買スキームの奥深くへ浸透し、隠しカメラで映像を記録していきます。いかに犯罪を暴くためとは言え、制作サイドの違法性の高い行為が重ねられていきます。
実に10年という歳月をかけ、国家機関のバックアップもなく、素人がリスクを重ね、映画は撮られました。正直なところ、下手なスパイ映画どころのスリルではありません。武器売買の実態を暴いたことに加え、この実写ゆえの異様な緊張感が、この映画の評価を高めています。北朝鮮側が、やすやすとブリュガーの罠にはまったのは、長引く経済制裁のもと、ドル箱の武器輸出が不調だったという背景もあります。信頼できそうな話に、飛びつき、前のめりになったのでしょう。映像に登場した北朝鮮の役人やアレハンドロが、金正恩の怒りを買い、処刑されるのではないか、と心配になります。少なくとも、面が割れた以上、もう海外で活動することはできないと思います。
もちろん、潜入した二人とマッツ・ブリュガー監督の身の安全も気になります。元外人部隊の麻薬ディーラーは、再び闇の世界に潜ったのでしょう。元料理人は、本作がTVシリーズとして公開された後、家族ともども保護プラグラムを受けているようです。ブリュガーは、北朝鮮と友好関係にある国へ出入りしないよう警告されているとのことです。国連とEUは、この映画が明らかにした制裁破りの実態を重視するとしています。もちろん、北朝鮮は、いつも通り「事実無根のでっちあげだ」と抗議しています。アレハンドロは、彼らに付き合って遊んでやっただけだと言っているようです。ブリュガーの映画は、その危険性も含め、決して褒められる手法ではありませんが、この映画が暴いた真実と、制作サイドの勇気と根気は認めざるを得ないと思います。(写真出典:movies.yahoo.co.jp)