2022年4月2日土曜日

「ナイトメア・アリー」

監督:ギレルモ・デル・トロ    2021年アメリカ

☆☆☆+

(ネタバレ注意)

いまやファンタジー映画の巨匠となったギレルモ・デル・トロですが、本作はノスタルジックなテイストのスリラーとなっています。1946年のウィリアム・グレシャムの小説を原作としていますが、1947年にも、タイロン・パワー主演で映画化されています。とても魅力的なストーリーだと思います。冷血な詐欺師の話です。主人公は、あてもなく彷徨っているところを移動カーニバルに拾われます。見世物の世界でリーディングを身につけた彼は、大都会に出て大成功します。ところが、慢心した彼は、女性心理学者に利用され、追われる身となってカーニバルに舞い戻ります。見世物小屋と大金持ちの世界、詐欺師と謎の女性心理学者、実に魅力的なフレームです。

さすがギレルモ・デル・トロと思わせる見事な仕上がりです。40~50年代のハリウッド的フィルム・ノワールのダークなテイストを見事に再現し、かつモダンに作り込んでいます。例えて言うなら、ヒッチコックの「レベッカ」のようなスリルを持っています。映画ファンにとっては、たまらない出来だと思います。ただし、玄人好みが一般的にもウケるかと言えば、多少異なります。恐らく、原作に惚れ込んだ監督が、細部にこだわりすぎたためでしょうが、やや冗漫になっている面があります。前半の移動カーニバルのシーンは、主人公の内面を描くためにも、皮肉で教訓めいたラストのためにも、しっかりと描くべきであり、デル・トロもそうしています。ただし、今日的に言えば、テンポを悪くしてる恨みが残ります。ヒッチコックなら、もう少しスマートに処理していたと思えます。

「レベッカ」の大きな特徴は、映像と音楽が一体となった滑らかさだと思います。あたかもロマンティックなクラシック曲を聞いているかのような感覚を覚えます。単なるテンポの良さではなく、観客を捉えて放さないような流れがあります。ダークで、ファンタジックな要素を持つ映画は、その世界に、観客を巻き込んで、一気に結末まで持って行くフローが大事だと思います。デル・トロも、そのことを十分に理解していることは、彼のこれまでの作品が証明しています。本作では、残念ながら、前半で流れを作れていません。作り込みは丁寧にされているように思います。問題は、ウィリアム・デフォーかも知れません。見事な演技をしていますが、もっとアクの強い、出ただけで強烈な印象を与えるような役者が必要だったと思います。ちなみに、後半では、ケイト・ブランシェットが出ただけで、見事な流れが生まれています。

ケイト・ブランシェットは、出演しただけで、その映画がしまるという不思議な女優です。この人ほど、多様なキャラクターを演じた人はいないと思われます。エリザベス一世、エルフの女王、キャサリン・ヘップバーン、果てはボブ・デュランまで演じてきました。今回は、謎の心理学者役ですが、またしても彼女の出演で、映画全体のトーンが定まったと言えます。彼女なしで、この映画は成立しなかったとさえ思います。いかにもケイト・ブランシェットらしい役柄で、もはや、演技を楽しんでいるといった風情まで感じます。同様に、姿が見えた途端に、デル・トロ映画だなと思わせるのがロン・パールマンです。B級映画の顔とも言えます。デル・トロのヘルボーイが当たり役ですが、TVシリーズの「サンズ・オブ・アナーキー」も忘れられません。

カーニバルと呼ばれる移動式遊園地は、アメリカ人の大好きなアトラクションです。アメリカにいた頃は、カウンティ・フェアのカーニバルへ子供たちを連れていったものです。カウンティ・フェアは、郡の農産品の品評会から始まっていますが、NY郊外では、ただのお祭りです。当時、サイドショーと呼ばれる見世物小屋は、既に無かったと記憶します。日本でも、かつてお花見などでは、見世物小屋が並んだものですが、いつの頃からか、姿を消しました。子供の頃、見たいと親にせがむと、くだらないインチキだ、と一喝されて終わりでした。結果、どうも見世物小屋に入った記憶がありません。ただ、小屋の前で、独特な口調で語られる口上だけは覚えています。ダーク・サイドの存在を告げるその声は、実に恐ろしいものでした。(写真出典:filmarks.com)

マクア渓谷