2022年3月3日木曜日

長崎ちゃんぽん

四海楼のちゃんぽん
江戸時代から続く長崎随一の料亭「花月」へ、家族で卓袱料理を食べに行ったことがあります。卓袱(しっぽく)とは、テーブルとクロスを意味する中国語であり、発音はヴェトナム方言とも言われます。江戸中期に、中華料理、オランダ料理、日本料理が合体して生まれた料理です。お膳文化の日本では、テーブルで供される料理自体が珍しく、卓袱料理と呼ばれたようです。花月は、卓袱料理と共に、見事な庭園、築200年を超える建屋、そして酔った坂本龍馬が柱に付けたという刀傷で有名です。花月のある丸山界隈は、江戸期、京都の島原、江戸の吉原、大阪の新町と並ぶ花街でした。なかでも衣装の豪華さは日本一だったようです。出島、唐人屋敷を抱える貿易港の経済力を物語っているのでしょう。

卓袱料理は、とても美味しいと思います。様々な料理が出されますが、やさしい味付けが全体の統一性を保っています。その味付けは、福建料理に通じるものがあるように思いました。長崎と福建華僑の関係は濃いものがあります。平戸生まれの鄭成功も、実家は福建でした。さらに、長崎名物ちゃんぽんも、福建料理がベースと言われます。ちゃんぽんは、明治中期、福建省出身の「四海楼」初代店主が、中国人留学生に、安くて栄養価の高い食べ物を提供したいと思い、考案したと言われます。野菜、かまぼこ、豚肉等を炒め、豚骨ベース等のスープと独特なかん水で作った麺を入れます。混ぜるという意味の中国語「攙(チャン)」と炒めて調味料を加える「「烹(パァン)」から生まれた言葉だとされます。沖縄のチャンプルーも同じ語源です。

多くの食材から取ったスープは、間違いなく美味しくなります。ちゃんぽんのベースとなるスープは、豚骨、鶏ガラ、海鮮等、様々ですが、具材の多さは共通です。野菜のグルタミン酸、豚肉と魚介のイノシン酸が混ざり合い、深いコクが出ます。元祖四海楼のちゃんぽんは、 白濁したとんこつスープがベースです。臭みなどなく、バランス良く、まさに王者の風格です。中華街の人気店”江山楼”も、王道の味です。いずれも長崎を代表するに相応しい上品な仕上がりですが、一方、庶民派として挙げたいのは”思案橋ラーメン”です。タクシーの運転手さんに教えてもらった昭和の香り濃い店です。あっさりしているのに深いコクのスープは、まるですっぴんのちゃんぽんの姿を見た思いでした。

美味しくて、 栄養価の高いちゃんぽんは、 九州各地へ広がり、 各地の素材を活かしたご当地ちゃんぽんになっていきます。小浜、水俣、天草、戸畑などが有名です。印象に残っているのは、八代の”みやべ食堂”です。人気だからと連れて行かれたその店は、かなり郊外にあるにもかかわらず、行列ができていました。鶏ガラスープに、野菜のうま味が半端なく、甘みすら感じるほどでした。九州以外にも、ご当地ちゃんぽんは存在しますが、滋賀県の彦根のものも有名です。一時期、銀座インズに”ちゃんぽん亭総本家”が近江から出店していました。ただ、これは相当に甘くて、私の好みではありませんでした。豚骨ラーメン発祥の店は久留米の”南京千両”とされますが、長崎ちゃんぽんがそのルーツと言われます。ちなみに、久留米の豚骨ラーメンは、あっさりとしていてコクのある”沖食堂”が美味しいですね。ここだけは、どんぶりをあおってしまいます。

長崎ちゃんぽんの名を全国に知らしめたのは、”リンガーハット”だと言われます。1974年に1号店がオープンしています。ややさらっとした味ですが、結構好きです。一度、長崎で衝撃の光景を見ました。リンガーハットに、軽く行列が出来ていたのです。画一化された味の全国チェーン店に、本場長崎の人たちが行列することなど、まったく考えられません。もっと美味しい店が山ほどあるじゃないですか。聞けば、リンガーハットの味は、長崎の人たちも認める味なのだそうです。ところが、タクシーの運転手さんに言わせると、なんといっても値段の安さが大人気の理由なのだそうです。やや微妙な感じの話ですが、実は、ちゃんぽんのルーツに根ざしているとも言えます。(写真出典:allabout.co.jp)

マクア渓谷