「落窪物語」は、”源氏”に先だつ985~995年、三十六歌仙の一人である源順によって書かれたとされます。ただ、これには異説もあり、判然としません。生母と死別した中納言源忠頼の娘は、継母のもとで暮らしています。継母から虐待された姫は、床が落ち窪んだ家の隅の小部屋に住まわされ、落窪の姫と呼ばれています。侍女阿漕(あこぎ)の手引きで姫と会った右近の少将道頼は、姫と恋に落ちます。それを知った継母は、姫を納戸に幽閉し、老人と結婚させようとします。道頼は、阿漕らの助けを得て、姫を救出し、二人は結ばれます。道頼は継母に復讐を果たし、そのうえで、継母も含めた中納言一家を庇護します。これが、「落窪物語」の大雑把なあらすじとなります。
世界中のおとぎ話に共通する定番「継母」ものです。最も有名な継母ものと言えば、シンデレラということになります。文献上のシンデレラ系の初出は、紀元前1世紀、ギリシャのストラボンが採録したロードピスの話とされています。継母、靴、王様という主要要素は完全に一致します。しかし、あくまでも文献上の話であって、もしかすると中央アジアから世界各地に伝播した物語かもしれません。中国では、9世紀、、段成式が古典集「酉陽雑俎」に採録した「葉限」があります。設定は異なりますが、継母、靴、王様というパターンは同じです。靴は登場しないものの、落窪物語も、明らかにシンデレラ系と言えます。19世紀に、民俗学者達が、調査したところ、世界中に345種のシンデレラ系が確認されたと言います。これらは、すべて一つの話が伝播したものか、あるいは同時発生的だったのか、判然としません。
ただ、少なくとも、継母によるいじめの話は、世界中で共感され、受容されてきたわけです。近世では、シャルル・ペローの「サンドリヨン」、グリム兄弟の「灰かぶり姫」、そしてウォルト・ディズニーの「シンデレラ」が世界の定番となりました。かつて、医療が不十分だった頃、出産は命がけであり、産褥熱で亡くなる母親が多かったと聞きます。継母も、継母によるいじめもごくありふれたことだったのでしょう。さらに、子供達は、親に厳しく叱られると、自分はこの家の子供じゃないのかも、母親も実は継母かも、と思うものです。いつか見返してやるという思いをもったまま大人になる人も多かったのでしょう。それは、世界中、どこでも同じ状況であり、シンデレラは、広く受け入れられることになったわけです。ちなみに、グリム兄弟の「灰かぶり姫」は、当初、継母ではなく、実母のいじめとして出版され、世間の批判の受けて、継母に書き換えられたそうです。
日本には、もう一つ有名なシンデレラ系の話があります。「御伽草子」に収められている寝屋川の「鉢かづき姫」です。お伽草子は、主に室町時代の民間伝承を集めたものですが、18世紀には、23編を収録した「御伽草子」が出版されます。「鉢かづき」は、長者夫婦が、長谷観音にお願いして娘が生まれる。母親が亡くなる際、観音様のお告げによって、娘にお鉢を被せる。お鉢は取れなくなる。継母に虐待され、家を出された娘は、宰相に見初められるが、宰相の母に反対される。宰相の母は、嫁比べをさせる。ところが嫁比べの前日、お鉢は外れ、娘の見目麗しい姿と秀でた知識・才能が現れ、娘は嫁比べに勝ち、宰相と結ばれる。落窪物語にも、鉢かづき姫にも、靴は登場しません。日本は、わらじの文化だからということなのでしょうか。(写真出典:disney.fandom.com)