2022年3月10日木曜日

花まつり

過日、思うところあって、若い人に「花まつり、知ってる?」と聞いたところ、「浅草の?」と返されました。浅草の花やしきだと思ったようです。花まつりは、お釈迦さまこと、ガウタマ・シッダールタの生誕を祝う灌仏会(かんぶつえ)の通称です。遊園地と間違えられるようでは、お釈迦さまもたまったもんじゃないですね。ただ、思った通り、若い世代における花まつりの知名度は、極めて低いわけです。キリスト教にはクリスマスがあり、イスラム教にはマウリド・アンナビー(預言者生誕祭)があり、それぞれ結構にぎやかに行われます。対して、花まつりは、多くの寺院で祝われるものの、祝日でもありませんし、認知もいまひとつと言ったところです。

日本の花まつりは、4月8日と決まっています。ただ、これは中国から灌仏会が入ってきた際、中国暦の4月8日を、そのまま引き継いだもののようです。「お釈迦になる」とは、物などがダメになるという江戸言葉ですが、もとは鋳物屋の符牒とされます。鋳物を作る際、火が強すぎて失敗したことを指したようでます。「し(ひ)がつよかった」と4月8日をかけているわけです。とは言え、ガウタマ・シッダールタの誕生日に関する記録があるわけではありません。インド等では、太陰暦の2月15日、新年最初の月の満月の日とされています。グレゴリオ暦では、4~5月にあたるようです。釈迦の誕生・悟り・入滅という三大仏事は、すべてこの日に起こったとされているようです。

インド、スリランカ、タイ、ミャンマー等では、この日、仏教最大の祭典ウェーサーカが行われます。ウェーサーカは、国連に認定された仏教の祝祭でもあり、タイ仏教界が主導して、各国の代表が参加した国際的な祭典も行われます。ウェーサーカにおける釈迦の誕生だけが切り離されたのが灌仏会であり、これは中国、韓国、日本、ヴェトナム等で行われています。つまり、チベット経由で中国に伝わり、中国文化圏に広まった大乗仏教が主流の地域で行われています。しかも、いずれの国の灌仏会も、現在では必ずしも大きな祝祭とはなっていません。対してウェーサーカは、南伝仏教とも呼ばれる上座部仏教が信仰される地域で大きな祝祭となっているわけです。

大乗と上座部は、仏教における二大勢力です。上座部仏教は、小乗仏教とも呼ばれますが、これは大乗仏教が上座部を蔑んだ呼称とされます。大乗は、釈迦の入滅から500年後に形を成したとされます。出家して修行を積み、悟りを求める上座部に対して、在家、つまり大衆が仏の教えを実践することで、個人ではなく、自分も含めた衆生救済を目指すのが大乗です。誤解を恐れずに言えば、上座部は、出家して修行することで釈迦になることを目指します。大乗は、釈迦そのものになることではなく、釈迦が目指した衆生救済を求めます。大乗を象徴する言葉が自利利他であり、涅槃を目指す衆生を意味する菩薩です。このような違いが、釈迦の生誕の祝い方の違いにつながるのでしょう。

日本の寺院で行われる花まつりでは、甘茶と稚児行列がよく知られています。花を飾った花御堂の中に誕生仏の像を置き、周囲を満たした甘茶を掛けて祝います。釈迦が生まれた際、八大竜王が産湯に甘露を注いで祝ったという故事に由来します。誕生仏は、釈迦が誕生した際の姿とされます。釈迦は生まれると、右手で天をさし、左手で地をさして「天上天下唯我独尊」と唱えたと言われ、その姿を表わしています。甘茶は、もともとアジサイ科のアマチャという植物を煎じたもので、さらっとした甘味があります。子供の頃、その甘さに惹かれて、花まつりを楽しみにしていたものです。(写真出典:e-tsuyama.com)

マクア渓谷