ダミアン・ハーストは、これまでも様々な”発明”をしてきました。まずは、1988年、大学在学中に、使われていない倉庫を会場とした学生たちの展覧会を開き、注目を集めます。そして、1992年、YBA(Young British Artists)展に出品した「生きている人の心の中の死の物理的不可能性」で一気ににその名声を高めました。作品は、死んだサメを巨大なガラスケースのなかでホルマリン漬けにしたものでした。以降、ハーストは、ホルマリン漬けのシリーズで、現代アートのアイコンになっていき、様々な賞も獲得します。そして、作品は、現存する芸術家のなかで最高値をたたき出していきます。
同じ時期、カラフルなドットを規則的に並べる”スポット・ペインティング”、あるいは回転する円形のキャンバスに絵具を垂らす”スピン・ペインティング”も発明しています。その後、人体模型状の彫刻、福祉団体のキャラクターの彫刻などで、超巨大な作品を発明します。また、プラチナで作ったしゃれこうべを8.601個のダイヤモンドでコーティングした”神の愛のために”を発明します。また、フィルムや音楽の世界にも進出して、発明を行い、ロンドン・オリンピック閉会式のフィールドにも彼の作品が使われました。2017年のヴェネツィア・ビエンナーレでは、大規模な個展が開かれ、”信じられないほどの難破船からの宝物”と題して、貝殻などが付着した、いかにも海底から引き上げたような彫刻の連作を発明しています。
ヴェネツィア・ビエンナーレで、彼の発明品を山ほど見ました。とても面白いと思いました。サイズ感やディテールも含めて、十分に驚かせてくれます。実にセンスの良いアーティストだと思います。もちろん、批判も山ほどあります。どこが芸術なのだ、というわけです。芸術とは、作家が意図をもって制作し、受け手が何らかの感情の動きを得るものだとすれば、ハーストの作品も、十分に芸術です。もちろん、好き嫌いは大いにあります。そして、それ以上に、ハーストは、発明をお金に換える天才でもあります。美術投資ブームの波を見事に捉えました。彼の発明の多くは、彼が表現したいものというよりは、ブームの波に乗れるかどうかという基準で制作されているようにも思えます。それが、あえて作品ではなく発明と、私が呼ぶ理由です。
さる美術評論家が、ハースト作品を「いかに我々が消費なるものに左右されるようになったかということへのメタファーだ」と言っています。言い得て妙なり、といったところです。それにしても、美術投資ブームは異常な状態にあるように思えます。もともと美術品の価格は、欲しい人の数で決まるわけですから、異常とは言えないのかも知れませんが、それにしてもすごいことになっています。近年、NFT(non-fungible token、非代替性トークン)がブームとなり、デジタル・アートが高値で取引されています。お金に敏感なハーストは、1万個の手書きのドット一つひとつをNFT化したうえで販売し、合計で30億円近くを売り上げたようです。アート界一の稼ぎを誇るハーストは、さらに資産を積み上げていきます。(写真出典:nact.jp)