2022年2月9日水曜日

「盗まれたカラヴァッジョ」

監督:ロベルト・アンドー 原題: Una storia senza nome 2018年イタリア・フランス

☆☆☆

2010年に、家族でローマへ旅した際には、大好きなラファエロを、可能な限り多く見ることを目標にしていました。ちょうど、その年は、カラヴァッジョ没後400年に当たり、街はカラヴァッジョ推しになっていました。美術館だけでなく、教会も回り、多くのラファエロを見ることができましたが、同時に多くのカラヴァッジョも見ることになりました。結果として、カラヴァッジョの方が強く印象に残りました。カラヴァッジョは、近代絵画の始まり、とも言われます。バロックは、カラヴァッジョの個性から生まれたとも言えます。陰影の濃いドラマチックな作風は、破天荒な人生とともに、いまだに多くの人を惹きつけます。

「盗まれたカラヴァッジョ」、原題「名も無き物語」は、1969年、実際にパレルモで起きたカラヴァッジョの「キリスト降誕」盗難事件をモティーフにしたミステリです。マフィアの仕業と言われるこの事件は、50年経った今も未解決であり、「キリスト降誕」も行方不明のままです。その後、別件で逮捕されたマフィア数人が、盗難事件に関与したという証言を行っています。ただ、証言内容には食い違いが多く、真相は闇の中です。謎の老人が、脚本家のゴースト・ライターである主人公に、「キリスト降誕」盗難事件の経緯を伝えます。彼女は、それをシナリオ化し、著名監督を迎えて撮影が始まります。そこにマフィアの妨害、政府の関与も加わり、複層的なストーリーが展開されていきます。

謎が重なる現実、主人公が書くシナリオ、そして撮影中の映画と、二重三重に次元が構成された脚本は、面白い着想が光る傑作だと思います。作中、主人公の母親が「このシナリオの良いところは、すべての登場人物に裏表があることだ」と言っています。この映画の面白さを端的に語った言葉だと思います。ところが、ロベルト・アンド-監督は、この脚本をこなし切れていないように思えます。と言うか、この詰め込みすぎとも言える脚本は、監督のテイストには不向きだったように思えます。「修道士は沈黙する」や「ローマに消えた男」と同様、風変わりなシチュエーション設定はいつもどおりですが、スローなテンポで、丁寧に積み上げていく描写がアンドー監督の持ち味だと思います。

それにしても、なぜマフィアは、「キリスト降誕」を盗んだのか、不思議です。もちろん、市場に出せるわけもなく、闇取引が前提となります。ただ、とても大きな絵であることから、個人が邸宅に飾るにしても限界があります。本作は、動機にまでは踏み込んでいません。カラヴァッジョの作品は、他にも2点、盗難に遭っていますが、2点とも発見されています。カラヴァッジョは、その素行の悪さから、死後、高い評価を受けることがなかったようです。1920年代に至り、再評価の動きが高まり、ようやく日の目を見ることになります。1606年、人を殺したカラヴァッジョは、ローマを逃れ、ナポリ、マルタ、シチリア等で絵画制作を続けます。カラヴァッジョの作品が各地に存在し、かつ永年評価されなかったことから、盗みやすい環境にあったと言えるかも知れません。(写真出典:amazon.co.jp)

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