2022年1月2日日曜日

ろかせず

鹿児島へ行った際、南州館名物の大きな鍋で黒豚しゃぶしゃぶを堪能した後、もう一軒行きましょうということになり、焼酎バーへ連れて行かれました。さほど大きな店ではありませんでしたが、壁一面に並ぶ芋焼酎の瓶が圧巻でした。聞けば、鹿児島には、110軒を超す芋焼酎の蔵元があると言います。一軒一軒は、さほど大きな蔵ではないので、生産量は限られ、人気の焼酎ともなれば、勢い希少品となるようです。これを飲め、あれを試せ、と言われて飲んだ芋焼酎のなかで、とりわけ気に入った銘柄がありました。極めて希少ゆえ、一杯だけだと言われたのですが、頼み込んで二杯いただきました。

「八幡 ろかせず」という芋焼酎です。かつて、芋焼酎は、臭くて、匂いが翌日にまで残ったものです。近年、そういった芋焼酎は無くなり、それが芋焼酎ブームにもつながったとものと思われます。要は、濾過の工程を入れることで、独特の臭みを消すようになったのだそうです。確かに飲みやすくはなりましたが、面白味は失われたようにも思います。そこで、南九州市の高良酒造は、あえて濾過しない芋焼酎を造り、ブランド名も「ろかせず」としました。個性を感じさせる深い味わいと香り、決して臭いとは思いません。アイリッシュ・ウィスキーに通じる風合とも言えます。割ったりせずに、常温のまま、オンス・グラスでいただくのが合っていると思います。

うまい、うまい、と大騒ぎすると、バーのママが、「八幡 ろかせず」をあげるわけにはいかないが、と言って、別の芋焼酎を一本、お土産にくれました。鹿子島は、いいところだな、としみじみ思いました。それから1~2ヶ月後のことです。福岡出身の友人と神楽坂で飲む機会がありました。日本酒と焼酎の揃えが自慢の店、焼酎好きの九州人という組み合わせで、「ろかせず」を思い出し、鹿児島での経験を話しました。するとカウンターの中にいた店の人が、これですよね、と「ろかせず」の一升瓶を出してきました。飲ませてくれと言うと、実は売り物ではないので、出せないと言います。じゃ、なぜ見せたのか、と聞くと、「ろかせず」を知っている人は少ないので、うれしくなり、つい出してしまいました、と言うのです。

金はいくらでも出すから一杯飲ませてくれ、と騒ぐと、お待ちくださいと言って、店の奥へ下がります。しばらくして戻ると、許可をもらいましたので、一合だけお出しします、とのこと。やはり美味いわけで、大喜びしました。お代はいくら、と聞くと、売り物ではないので、お代は結構です、と言われました。希少品であることは知っているので、それじゃ困ると言うと、では、また店に来て下さい、それで結構です、とのこと。何とも粋な話です。早速、2週間後、お礼の意味を込めて、4人ばかりでお邪魔しました。すると、今度は2合出してくれました。今回は、払わせてくれ、と頼むと、また、お代は結構です、また来て下さい、というわけです。味を占めたわけではありませんが、また行くと、あの瓶は、もう空いてしましました、と言われました。

その後、宮崎の有名な焼酎バーで、その話を、とくとくと語っていると、ママさんが、うちにもあるわよ、と飲ませてくれました。さすがにお代は払いしましたが、そこそこいいお値段でした。今でも、希少品であることに変わりはないようですが、最近は、ネットでも購入できるようです。私は、日本酒派で、好んで焼酎を飲むことはありません。ただ、飲むなら芋、それも可能であれば「八幡 ろかせず」を、また飲みたいものだ、と思っています。黒豚、薩摩地鶏、さつま揚げ、きびなご、黒酢、白熊、そして芋焼酎と、薩摩の独特で豊かな食文化は、実に魅力的です。(写真出典:isego.shop)

マクア渓谷