2022年1月18日火曜日

うま味

近所のスーパーに、カナダ産だというあじの干物が、いつも、安く売っています。中程度のサイズ、丸みのある形、肉厚と立派なものです。問題は味です。恐らく機械で干しただけなのでしょう。塩味もうま味も、大いに不足しています。ただ、安価で形が良いので、文句は言えません。そこで、日本酒に魚醤、ないしはアンチョビ・ペーストを加えたものを振りかけ、多少置いてから焼きます。干物の王様である沼津産とまでは言いませんが、かなりの上物に変身します。沼津産は、軽いくさや液を通してから干していると思われますので、それを真似たわけです。

要は、うま味を足してあげるわけです。かつて、味覚は、「味の四面体」として、甘味、酸味、塩味、苦味が基本とされていました。その他の渋味や辛味といった味は、四面体の組み合わせ、あるいは四面体に化学的刺激や物理的刺激が加わったものと整理されていました。日本では、古来、うま味が重視されてきましたが、科学的には解明されていませんでした。1908年、東京帝大の教授だった池田菊苗が、昆布からうま味の素であるL-グルタミン酸ナトリウムを抽出することに成功します。しかし、これが5つ目の味覚かどうかについては、学界でも議論が続いていました。ところが、2000年に至り、味蕾にグルタミン酸受容体が発見されたことにより、うま味は、5番目の味覚として認知されました。

うま味の成分は、菊田がグルタミン酸を発見してから5年後、弟子の小玉新太郎が鰹節からイノシン酸を、戦後、国中明が椎茸からグアニル酸を発見しています。いずれも日本での研究成果ですが、欧州にもうま味は存在します。フランス料理のフォンやフュメ、ブイヨンやコンソメ、トマト、チーズ等が欧州のうま味を構成しています。ただ、欧州では、うま味を認識し、追求するということはありませんでした。その最大の理由は、水にあります。欧州の硬水では、出汁を抽出することはできません。フォンもコンソメも長時間煮込むという手間がかかります。日本のうま味は、軟水がゆえの文化だったわけです。なお、世界に認められたうま味ですが、日本語そのままに”Umami”と表記されています。

タンパク質は、炭水化物、脂質とともに三大栄養素の一つとされ、筋肉や内臓を作っています。タンパク質は、20種類のアミノ酸から構成されます。グルタミン酸は、その一つです。うま味は、タンパク質摂取のシグナルになっているという話を聞きます。つまり、人間は、グルタミン酸を含む食品を食べ、うま味を感じ、美味しいと思いますが、それがタンパク質の摂取を促す仕組みになっているというわけです。実は、母乳には多くのグルタミン酸が含まれています。私たちは、赤ん坊の時から、うま味に導かれてタンパク質を摂取するトレーニングをしているとも言えます。疲れた時に甘いものが欲しくなり、汗をかけば塩分を補給することと同じ仕組みと言えるのでしょう。

池田菊苗がグルタミン酸を発見した翌年の1909年、その特許の使用権をいち早く取得した鈴木三郎助が「味の素」を発売します。発売当初は、なかなか売れず、ヘビが原料だという噂がたったこともあるようですが、出汁文化のある大阪での営業に成功し、料理店や家庭にも常備されるまでになります。海外へも販路を拡大しました。一時期、石油由来の成分が体に良くないと言われた時期もありました。我が家では、父親がこれを気にして、一切使っていませんでした。近年は、うま味の認識が広がり、多様な調味料が存在します。また、天然素材指向も強まりました。うま味、あるいは出汁の時代を迎えたとも言えますが、皮肉なことに味の素の存在感は薄れてきたように思います。(写真:味の素初の振りかけ瓶 出典:ajinomoto.co.jp)

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