リーチャーは、身長195cm、射撃の名手、格闘技の使い手、正確な体内時計、優れた洞察力、武器類に関する豊富な知識、現役MP部隊とのパイプ等と、かなりのスーパーマンです。軍人の子として生まれ、ウェスト・ポイントを卒業したリーチャーは、軍隊での生活しか知らないことに気づき、退役後、アメリカ中を見てみたいと放浪の生活に入ります。様々な土地で様々なシチュエーションに出くわすわけで、毎回、かなり自由なストーリー展開が可能です。うまい手を考えたものだと思いました。ただ、小説の出来としては、決して一流とは言えず、私のなかでは二軍です。故障者が出た場合のみ、一軍登録されます。トム・クルーズ主演で映画化もされましたが、2作目が不振だったことから、映像化の権利はAmazonに売られたようです。遠からずうちにAmazon Primeのオリジナル・シリーズ化されることと思います。
映画が不振だった最大の理由は、トム・クルーズをキャスティングしたことにあると思います。ジャック・リーチャー・シリーズが売れた大きな理由は、リーチャーのキャラクターにあります。トム・クルーズでは、リーチャー最大の特徴の一つである身長の高さを捨てざるを得ませんでした。加えて、トム・クルーズは、どんな映画に出演しても、いつもトム・クルーズです。ぶっきらぼうな態度、冷静でドライな性格こそが、リーチャーの魅力ですが、そのキャラクターがまったく表現されていません。それがなければ、リーチャー・シリーズを映画化する意味はなく、そこそこの出来のアクション映画に過ぎません。リー・チャイルドは、リーチャー役に、ウィリアム・ハートやラッセル・クロウの名を挙げていたそうですが、私は、絶対にクリント・イーストウッドだと思います。ただ、年齢的なミスマッチが致命傷ではあります。
世界の軍の警察機構には、大きく言って、二つの流れがあるようです。一つは、英米系のミリタリー・ポリス(MP)であり、軍内部の事案だけを扱います。自衛隊も、この方式です。一方、フランス発祥と言われる憲兵方式、つまり軍組織でありながら、一般警察の機能も兼ね備えるスタイルもあります。戦前の日本の憲兵も、同じ方式ですが、現代では、イタリアのカラビニエリ等が有名です。ただ、いずれの方式でも、軍人であることには変わりなく、戦争が起こると戦場へ赴きます。憲兵方式を採る国では、他にも警察組織が複数存在することが多く、例えばイタリアでは、国家治安警察とも呼ばれるカラビニエリの他に、国家警察や財務警察等があります。我々から見ると、ややこしい印象があります。英米方式はシンプルですが、アメリカのMPは、各軍の固有組織になります。陸軍は規模が大きいので、FBI顔負けの組織、捜査力を持っているようです。そこがリーチャーの魅力にもつながるわけです。
軍が民政に関わる憲兵方式というのは、どうも気持ちが悪く、全体主義の手先的な印象があります。戦前、陸軍大臣管下にあった日本の憲兵などは、その典型であり、思想弾圧まで行い、憲兵政治とまで呼ばれました。特に東条英機は、議会にも憲兵を配置し、政敵に対して容赦ない弾圧を加える等、恐怖政治の手先として憲兵を使っていました。また、満州等の占領地にあっては、匪賊や政治犯の被疑者を裁判無しで処刑するなど、非道な行為も行われていました。処刑された日本のB・C級戦犯1,000人のうち、4割近くが憲兵だったと言われます。(写真出典:amazon.co.jp)