2021年11月20日土曜日

Own Risk

アメリカへ赴任して驚いたことの一つが、納税方式に関する考え方の違いでした。アメリカは、日本で言うところの確定申告を全員が行います。申告はとても簡便なもので、驚いた事にIRS(内国歳入庁)のチェックもありません。自己申告どおりに、納税や還付が行われるわけです。ただし、サンプリングによる査察が行われ、不正や違反が見つかると、極めて厳しい処罰を受けます。うまいやり方だと思いました。行政は、実に効率的な運営ができます。思えば、鉄道の改札方法も同様な考え方に基づいています。構内に入る前に全件チェックする日本のスタイルに対して、欧米は、列車のなかでの検札という方式が主です。 どちらが効率的かは微妙ですが、車掌が常に乗務しているのであれば、車内検札の方が要員効率は良いと思います。

この春、アメリカの年金を受給する元駐在員たちに、突然、アメリカ財務省から小切手が送られてきました。コロナ支援金です。決定から実行までの早さが、日本とはあまりにも違うので驚きました。実は、この小切手は間違いであることが判明します。法によれば、米国市民か米国在住者が対象でした。米国財務省のHPで、間違えました、小切手は送り返してください、と告知されていました。小切手なので、元を止めれば、それで済む話とは言え、実に簡単なものです。日本なら、完全回収をめざして多くの人員を使うのだろうと思います。こうした行政等の合理的な対応は、実にアメリカ的ですが、その背景には日本とは大いに異なる思想が存在しています。

やや異なる話ですが、アメリカでは、よく”at your own risk”と書かれた看板を目にします。例えば、金網を回した公園なら”Play at your own risk”、監視員のいないビーチでは”Swim at your own risk”といった具合です。翻訳するとすれば、自己責任でどうぞ、となるのでしょう。日本の感覚で言えば、自分で判断して、遊んでいいよ、泳いでいいよ、と言ってるように思えます。アメリカ的には、何かあっても当局は一切関知しない、ということであり、許可しているのではなく、事実上の禁止にあたる警告です。訴訟社会ならではの表現と言えるかも知れません。書かれたものだけが法律という英米法の特徴とも言えます。準拠法がないので”禁止”とは言えない、個人の自由は侵害しない、しかし当局として安全は一切保証しない、という厳しい警告です。

こうした考え方の背景には、厳密な個人主義の思想があります。個人の権利と義務、個人の自由と責任、ということになります。アメリカでは、多くの事象に、個人主義の思想を見て取れます。個人の判断は尊重されますが、その結果に関する責任も個人に帰属し、厳しく問われるわけです。コロナ・ウィルス・ワクチンの接種に関しても、接種に反対する人たちが存在し、国が強制することはできません。一部の企業で接種の義務化を打ち出していますが、批判も多くあります。接種に反対する人たちは、死をも覚悟して個人の選択を主張しているわけです。日本のご都合主義的な個人主義とは覚悟が違います。個人主義の風土が薄い日本では、お役所も、おせっかいにならざるを得ない面があります。半ば強制的にでも徹底しておかなければ、役所が批判されるからです。

NYにいた頃、銀行・保険会社の破綻が続きました。日本をよく知るアメリカ人が、こういう場合、日本では金融庁(当時は大蔵省)が批判されるけど、アメリカじゃ、潰れるような金融機関を選んだ奴が悪いということになる、と言っていました。確かに、損害を被った人たちからも、マスコミにも、金融行政を批判する声はありませんでした。本質をついた名言だと思いました。ただし、リーマン・ショックの時は違いました。そこには違法な行為が認められたからです。(写真出典:soundcloud.com)

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