監督:リドリー・スコット 2021年イギリス・アメリカ
☆☆☆+
リドリー・スコット監督は、映像の力で、数々のヒット作を生み出してきました。エイリアン、ブレードランナー、テルマ&ルイーズ 、グラディエーター 、ブラックホーク・ダウン、悪の法則、ゲティ家の身代金等々大ヒットがある一方で、実はハズレも多い監督でもあります。つまり、映画作家というよりも、映像の職人に近いものがあり、良いシナリオとの出会いが必須という監督なのだと思います。83歳になった大監督は、今回も見事な映像を見せてくれています。ただ、脚本は、やや残念なものだったと思います。本作は、14世紀に起こったレイプ事件の顛末を、ほぼ史実に忠実に描いた作品です。騎士ジャン・ド・カルージュは、その妻マルグリットをレイプしたとして、友人でライバルでもある従騎士ジャック・ル・グリを告発します。決定的な証拠や証言に欠けたこと、および政治的介入もあり、法廷では白黒がつかず、ド・カルージュは決闘による決着を要求し、ル・グリも、これを受けて立ちます。当時、正式な決闘は、神による審判とされていました。ル・グリの弁護士の詳細な記録が残り、世間を騒がせた事件だったことから複数の年代記にも記載があり、フランスでは、よく知られた事件のようです。
映画は、黒澤明の「羅生門」のスタイルで、ド・カルージュ、ル・グリ、ド・カルージュの妻マルグリット、それぞれの視点による三部構成になっています。ただ、羅生門のように、全く異なる事実が提示されるのではなく、事の経緯が説明的に加えられる程度の違いです。強姦なのか、一定の合意があったのか、という点の描き方も微妙なものになっています。つまり、羅生門スタイルを採った意味、あるいは効果が曖昧なわけです。映画のテーマは、社会的リスクを冒してでもレイプを告発したマルグリットの、いわば今日的とも言える姿勢なのだと思います。三部構成にしたことで、そのテーマの訴求もキレが悪くなっているように思えます。
歩き始めた我が子を、複雑な表情で見守るマルグリット、あるいはその遠くを見るような視線というラスト・シーンも、やや曖昧な印象を受けます。決闘に勝ったド・カルージュは、程なく十字軍に参加して戦死しています。マルグリットは、我が子を育てながら、裕福に暮らしたようです。単に、そのことを示唆したラストなのか、あえてレイプを告発したマルグリットの意思の強さなのか、あるいはレイプを告発することの難しさを表現しているのか、今一つはっきりしない印象を受けました。ひょっとすると、あえて曖昧な表現をすることによって、見る者に判断を委ねたのかも知れません。
リドリー・スコット監督の見事な映像に加え、俳優たちの名演も光ります。決闘した二人の人格の違いを際立たせていたマット・デイモンとアダム・ドライバー、女性の複雑さを表情で表現したジョディ・カマー、いずれも見事な演技だと思います。ただ、興業成績は、散々な結果に終わったようです。三部構成をとったことが、映画のキレを悪くし、かつ上映時間も長くなり、結果、不振につながったものと思います。(写真出典:movies.yahoo.co.jp)