2021年10月6日水曜日

ヒュパティア

ヒュパティア
世界三大発明と言えば、火薬・羅針盤・ 活版印刷のことです。いずれも中国で発明されていますが、15~16世紀の欧州を大きく変えたという意味で三大発明と呼ばれます。羅針盤は、11世紀の中国で実用化されています。それが欧州に伝わり、航海のあり方を大きく変え、大航海時代につながります。人類にとっては、まさに歴史的大発明だったと言えます。それまでの航海は、陸の目印を頼りにするか、星を頼りにしていました。陸を遠く離れた航海も、曇り空が続く航海も、不可能だったわけです。そんな時代、航海するうえでの必需品は、アストロラーベ(天体観測器)とクワドラント(四分儀)でした。

アストロラーベは、現代の星座早見盤に、アナログ計算器がセットされたようなものです。天体の高度や方位を把握し、それによって、方角、時間、距離等を割り出すことができます。古代における天文学の粋が詰まっていると言えるのでしょう。4~5世紀頃の地中海東部では、既に実用化されていたようです。その後、アストロラーベは、天文学が盛んだったオリエント、イスラム世界で進化を続け、西欧には、11世紀頃に伝わっています。アストロラーベは、紀元前2世紀に、ギリシャの天文学者ヒッパルコスが発明したという記述もありますが、アレクサンドリアの哲学者・数学者・天文学者ヒュパティアが、4世紀に発明したとする文献もあるようです。恐らく、原型をヒッパルコスが開発し、ヒュパティアが、それを精緻化、実用化したということなのでしょう。

アレクサンドリアのヒュパティアは、アレクサンドリア図書館の最後の館長にして、哲学者・数学者・天文学者だったテオンの娘として生まれ、幼少期から英才教育を受けました。アレクサンドリア図書館は、古代社会における世界最大級の図書館であり、ムセイオンと呼ばれる学堂でもありました。古代の英知の宝庫は、カエサルが防衛のためにアレクサンドリアに放った火によって焼失したとされます。ただ、実際には、その後も、かつての規模には及ばないものの、運営されていたようです。アレクサンドリア図書館の姉妹館として残存していたセラペウム図書館が、異教徒の神殿であるという理由で、キリスト教徒によって破壊され、図書館とムセイオンの歴史は終ります。

3~4世紀、ローマ帝国とキリスト教は、大きな変化の時代にありました。帝国は4帝支配を経て、西ローマと東ローマに分裂します。キリスト教は、迫害を受けながらも信者を増やし、コンスタンティヌス1世によって公認され、テオドシウス1世によって国教化されます。勢いに乗ったキリスト教徒は、他宗教への弾圧を強めます。そのなかで、新プラトン哲学を講義するヒュパティアの科学的姿勢は、神を冒涜するものとしてキリスト教徒の怒りをかいます。公会議の論者でもあったアレクサンドリア総主教のキュリロスとその一派は、ヒュパティアを誘拐し、蠣の貝殻を使って、生きたまま彼女の肉をそぎ落とすという残虐な方法で殺します。

一神教の恐ろしい暴走ですが、さすがにキリスト教内部でも、これは批判され、キュリロスは失脚します。また、これを機に、アレクサンドリアでは、古代からの知恵を継承する研究が認められています。キリスト教徒を激怒させたというヒュパティアの「真実として迷信を教えることは、とても恐ろしいことです」という言葉が残っています。すべては神が創りたもうた、と言った瞬間、科学は、その歩みを止めます。科学に誠実であったヒュパティアは、その死をもって、一神教の暴走に歯止めをかけ、学問の継承を確保したとも言えます。加えて言えば、一神教における女性差別という面にもつながる象徴的な事件だったとも言えるのではないでしょうか。(写真出典:kyoto-inet.or.jp)

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