辞典や事典の類いの歴史は古く、紀元前から存在していたようですが、最初のアルファベット順辞典として知られているのが、10世紀ギリシャの「スーダ辞典」です。編集したスイダスにちなみ、今でも辞典類の接尾語として”ダス”が使われています。近代的な百科事典の始まりは、1751年、フランスで、ディドロ、ヴォルテール、ルソー等、いわゆる百科全書派が編集した「百科全書」ということになります。啓蒙主義の流れのなかで、知識の一般化を目指したわけです。そして1768年には、スコットランドのエディンバラで、後に百科事典の代名詞ともなる「ブリタニカ百科事典」の刊行が開始されます。以降、各国で、様々な百科事典が刊行されますが、近代国家であることを証明するために編纂されたといった面もあったようです。
この時点で、百科事典は、啓蒙主義的な知識の宝庫という本質に加え、ステイタスという側面を持つようになったとも言えます。そして、20世紀後半には、それが一般家庭のステイタスにまでなり、”家具化”していったわけです。決して安いものではないにも関わらず、なぜ一般化したのか、不思議なところです。もちろん、ブリタニカの個別訪問セールスの大成果という面は外せません。ブリタニカが使ったセールス・トークは「お子さんのために」だったと言われます。経済の成長とともに、知的労働者が高収入を得る構図が明確になってきた時代にマッチした話法でした。また、百科事典の普及には、別に面白い説があります。TV普及の反動説です。
TVの普及を”一億総白痴化”と看破したのは大宅壮一でした。世界で初めてTV放送を行った英国等は多少異なりますが、少なくとも米国や日本では、CMを多くの人に見せることがTVの目的になり、視聴率競争が起こります。TVは、家庭の居間の中心を占めていきますが、一方で、知的なものではないという認識もそれなりにあり、その反動として、百科事典が売れていったというわけです。本来の目的はさておき、どちらかと言えば、並べてあるだけで安心だったわけです。多くの本で書棚を埋めればいいわけですが、百科事典なら一度に揃えられる便利さがあります。ステイタス説、TV反動説、いずれにしても百科事典が一般家庭に普及した瞬間から、ほぼ家具化していたわけです。
百科事典の黄昏は、ネット化とともに訪れます。ブリタニカは、2012年に、書籍版の販売を終了しています。Wikipediaが、百科事典を殺した、と言われますが、正しくはありません。PCが家庭に入った段階で、終わっていたのだと思います。ビル・ゲイツは、早い段階から、百科事典の電子化を行い、PC普及のカードに使っていました。さらにグーグル検索によって、書籍版の百科事典は役割を終えたのでしょう。ただ、別な見方をすれば、使われることのなかった家具的百科事典に比べて、グーグル検索やWikiの方が相当に活用されています。ヴォルテールやルソーは、草葉の陰で、PCの時代になって良かった、と思っているかもしれません。(写真出典:aucfree.com)