米国で、保険ブローカーとして、日系企業向けの医療保険の設計やセットアップを行っていた時の話です。さるメーカーの大工場と制度設計の詰めを行っている際、引受保険会社の給付センター長を連れて行き、給付体制に関するプレゼンをさせました。通常、交渉時の企業側出席者は、フリンジ・ベネフィット担当の米国人たちですが、その日は、日本から出向してきた幹部たちも出席していました。給付センター長が、所定期間内でミス無く給付される割合は、目標93%のところ、わがセンターでは94%を達成していると、自慢げに話しました。逆に言えば、ミスや遅延の発生率は7%以内の目標に対して、6%に留めているということになります。日本人幹部たちは、どよめきます。
米国の医療保険給付の世界では常識的数字でしたが、日本のメーカー目線では、ミスの発生率が6%など、信じがたい数字だったわけです。実は、ミスや遅延の発生率を、1%以内にすることも可能です。ただし、膨大なコストがかかり、それは保険料へと跳ね返ります。コスト面も含めて、多くの人が納得できるレベルが、6~7%だったわけです。ミスを撲滅し、ある程度コストも吸収し、品質の良い製品を作ることが、日本企業のプライドであり、世界も認めた日本の品質でもあります。”いいものを作れば、必ず売れる”という日本企業の神話です。実に素晴らしいことではありますが、経営効率、生産性という面から見れば、やや疑問と言わざるを得ない面もあります。また、品質最優先というユーザーばかりではなく、価格重視派も多くいます。
私が、社会人になった頃、日本の企業では「ZD運動」が盛んでした。ZDとは、”Zero Defect”、つまり欠陥ゼロ運動です。米国の軍需産業マーティン・マリエッタが、1962年に始めた取り組みです。元フォード自動車社長だった国防長官のロバート・マクナマラが推奨したこともあり、米国のメーカーに広まります。品質管理運動、いわゆるQCサークル活動が盛んだった日本でも、小集団活動の一環として導入されていきました。結果としてのミスを減らすのではなく、ミスが発生しない態勢を作る、つまり”正しい仕事をする”取り組みと言われました。生産や事務部門だけでなく、企画部門でも、無理やり数値目標を設定して取り組んでいたものです。ほどなくZD運動は下火となります。恐らく、ZDの目指すところではなく、数値結果ばかりがフォーカスされるようになったからだと思われます。ただ、結果重視の風土は継続されます。
10年ほど前、事務のアウトソーサーである関連会社を担当した際、そのミス発生率の低さに驚きました。発生率は、もはやパーセント表示ではなく、部署によっては、パーミル(千分率)、ベーシス・ポイント(万分率)、PPM(百万分率)単位でした。盛んに行われていた小集団活動は、それをさらに減らすことに取り組んでいました。箱根駅伝における東洋大学のモットー「その1秒を削り出せ」を思い起こします。もちろん、その取り組み自体が、さらにミスを減らすというよりも、品質を維持する効果も大きかったと考えます。品質と効率、いずれも重視すべきです。ただ、どこかで線引きは必要であり、それは経営判断そのものです。日本の場合、小集団活動などを通じて、それが現場の従業員に押しつけられる傾向があります。経営は、どっちもがんばれ、と督励するだけになりがちです。
私も、従業員の皆さんの熱心さに乗っかりました。とても、それで十分だ、それ以上は必要ない、とは言えませんでした。言えば、品質が悪化することを恐れたわけです。判断が鈍ったのは、データに基づかない経営が行われていた結果でもあります。そこでトライしたのが、結果重視型からプロセス重視型への転換です。具体的には、ISO9000を取得し、品質管理のフォーマット化を行い、プロセスの精度を上げる循環を作ろうとしました。考えてみれば、ZD運動への回帰だったのかも知れません。