2021年9月8日水曜日

縄文パワー

私は、三内丸山遺跡、棟方志功、ねぶた祭、津軽三味線をもって、青森の「縄文パワー」と名付けています。もちろん、まったく認知されていません。遺跡はともかくとして、他の三点については、プリミティブなエネルギーの奔出が特徴であり、都の文化にはないパワーが感じられます。より人間の本質に近いエネルギーのように思えます。なお、縄文パワーの川下には、岡本太郎を置きたいと思います。太陽の塔をはじめ、岡本太郎の作品は、縄文文化にインスパイアされています。縄文パワーも”爆発だ!”というところです。

三内丸山遺跡は、江戸期から知られていたようですが、本格的調査は、1992年、県営球場建設に向けた事前調査として始まったようです。大規模建築跡、800に及ぶ住居跡、食物栽培の痕跡、夥しい数の土偶・土器等、縄文文化に関する常識を覆すような遺跡であることが判明し、球場建設は断念されました。なんとものんびりした話に聞こえますが、そもそも縄文遺跡に関する発掘調査が盛んになったのは、近年のことです。三内丸山は、その流れに勢いをつけたと言えるのでしょう。今般、「北海道・北東北の縄文遺跡群」として、ユネスコの世界遺産に登録されることになり、ここのところの縄文ブームも、一つ形を成した格好です。

棟方志功は、ヴェネツィア・ビエンナーレでグランプリを獲得するなど、日本を代表する世界的版画家です。木版にこだわり、極度の近視ゆえ、板に顔をこすりつけるように彫る姿が印象的でした。その際、いつも軍艦マーチを歌っていたという話も、天才らしい逸話です。棟方志功の版画は、自由で大胆な彫りが特徴ですが、人間の表現欲求が、ストレートに出ているように思えます。迸るエネルギーは、プリミティブな人間本来の力にあふれています。代表作である”釈迦十大弟子”からは、人間が持つ慈愛が、飾り気ない姿で現れています。その棟方志功が、生涯、愛してやまなかったのがねぶたです。

棟方志功の作品は、ストレートにねぶたのパワーにつながっています。ねぶたは、神も仏も一切関係ない、極めて希な祭りです。その起源は、はっきりしていません。恐らく盂蘭盆会の供養だったと思われますが、観光協会は、坂上田村麻呂が蝦夷をおびき出すために行ったことが始まりとしています。東北における田村麻呂起源ものは、讃岐の弘法大師起源ものと同じで、やや怪しげなものが多くなっています。実家の前の神社には、田村麻呂が座ったという岩までありますが、そもそも、記録によれば、田村麻呂は、多賀城以北に足を踏み入れていません。巨大な人形灯籠に勢いのある囃子、「ラッセラー」のかけ声とともに、ただただジャンプするだけの跳人(はねと)の踊りは、奇祭と言ってもいいくらいだと思います。一晩、跳ねれば、足はパンパンになり、血豆が潰れ、歩けやしません。ところが、夕方、ねぶた囃子が聞こえてくると、体はシャキッとし、また跳ねるわけです。

津軽三味線のダイナミックな弾き方も、ねぶたに通じるものがあります。元々、越後の瞽女の門付け芸から派生した津軽三味線でしたが、次第に大きな音を競い合うようになり、細棹は太棹に、バチさばきは叩きつけるようになったと聞きます。”津軽じょんがら”をはじめ、よく知られた曲もありますが、基本的にはすべて即興演奏です。同じ曲でも、弾く者によって、音色も曲調も多様であり、個々のエネルギーの放出ぶりが魅力です。ねぶたも津軽三味線も、長い”ケ”の期間に加え、半年近くは風雪に耐えるという土地柄のため、ひとたび”ハレ”になれば、溜まりに溜まったエネルギーが、一気に噴き出すということなのでしょう。(写真出典:hitachi.co.jp)

マクア渓谷