2021年9月9日木曜日

奇妙な味

「トランス・ワールド」
「奇妙な味」は、ミステリーのなかの一つのジャンルです。犯人と追う者がいて、謎解きがあるという典型的なミステリーとは異なり、異様な設定やストーリー展開で、不気味な印象を与える小説です。ロード・ダンセイニの「二壜のソース」、ロアルド・ダールの「南から来た男」などがよく知られています。例えば「二壜のソース」は、村はずれに越してきた男女のうち、女性の姿が見えなくなる。男は、毎日、薪割りに精を出す。村人との接触はないが、週に一度、村の雑貨店で二壜のソースだけを買う。そのソースは、肉用だった、といった具合です。

ユニークな着想とストーリー・テリングの力量だけの勝負であり、ほとんどは短編です。昔、結構、はまりました。奇妙な味にSFが含まれることはありません。SFの短編は、超現実的ゆえにSFなのであり、実生活の一定枠内で奇妙な味わいを楽しむという風情に欠けます。いわば、ハンドありのサッカーのようなルールを超越した世界と言えます。ただ、SFというよりも奇妙な味と呼びたくなる作品も少なからずあります。フィリップ・K・ディックの短編の多くは、奇妙な味と呼べると思います。そんな奇妙な味系SF映画をAmazonで見ました。B級映画専門のジャック・ヘラーが監督した「トランス・ワールド(原題:Enter Nowhere)」です。

ここからは、完全ネタバレになります。この映画の劇場公開はなく、ライオンゲートが買って、直接DVD化したようです。超低予算で、着想勝負の小品ですが、楽しめました。まるで映画好きな大学生たちが、サークルで撮ったような作品です。映画作りの楽しさを思い出させてくれる映画とも言えます。学生映画との大きな違いは、そこそこのキャスティングをしていることです。と言っても、登場人物は、ほぼ4人だけですが。おそらく製作費の大半が出演料なのでしょう。脚本は、ミュージシャンでもあるショーン・クリステンセンです。

ガス欠や事故など、それぞれの事情を抱えた男女3人が、深い林の中のうち捨てられた狩猟小屋にたどり着きます。次第に3人の、場所、時間に関する認識が、大きく異なる事が分かってきます。時間に関しては、それぞれが、今年は1962年、1985年、2011年だと言うのです。そこへ第二次大戦中のドイツ兵が現れます。ドイツ兵は、女性二人が身につけていたロケットに動揺します。妻の写真でした。今年は62年だと主張する女性は、ドイツ兵の娘であり、85年だと言う女性はそのまた娘であり、2011年だと言った青年は、そのまた息子であることが判明します。時空を超えて4世代が集まったわけです。自軍の爆撃で戦死したとされるドイツ兵を助ければ、自分たちの運命も変わることに気づいた3人は、ドイツ兵を助けようとします。

私が、この学生映画っぽい小品を面白いと思ったのは、かつての人気TV番組「トワイライト・ゾーン」や「ヒッチコック劇場」を思い起こさせたからだと思います。子供の頃の懐かしさですね。10年ほど前に、”奇妙な味”系のちょっとしたブームがあり、懐かしい短編集が再発行されていました。おそらく若い人たちが、奇妙な味の面白さを発見したのではなく、暇になった老人たちが、昔を懐かしんで需要が生まれたのでしょう。一時期、CDの売り上げ上位を、ユーミンやサザンのベスト・アルバム等、懐かし系が占めていました。同じ現象なのでしょう。そもそも若い人たちは、配信中心で、CDは買いませんからね。(写真出典:en.wikipedia.org)

マクア渓谷