2021年9月10日金曜日

「プロミシング・ヤング・ウーマン」

監督: エメラルド・フェネル     2020年アメリカ

☆☆☆☆

アカデミー作品賞を獲得するような映画は、商業面も含めて、三拍子も四拍子も揃った映画です。ですから、監督賞や脚本賞等、複数受賞することが多くなります。一方、作品賞にノミネートもされない、あるいはノミネートされても全く本命視されていないのに、脚本賞だけ獲得する作品もあります。そういった作品は、ほぼ間違いなく名品です。典型的な例が「ユージャル・サスペクツ」です。そして、この「プロミシング・ヤング・ウーマン」も典型例に加わることになります。スタイリッシュでコミカルなテイストのサイコ・スリラーです。レイプという重いテーマを扱いながら、上質なエンターテイメントとしても、十分に成立しています。

監督・脚本のエメラルド・フェネルは、英国の女優、小説家、脚本家であり、本作が長編初監督作品です。アカデミー監督賞にもノミネートされていましたが、英国女性としては初のノミネートだったようです。まだ若いのに、なかなかの才人です。なにせ脚本が良いということになりますが、本作のスタイリッシュな仕上がりには、彼女のセンスの良さを感じます。演出、カット割り等を巧みに構成して、スピード感を出しています。それもスティーブン・ソダーバーグばりの早さということではなく、心地よいテンポの速さです。さらに、色彩と音楽の使い方が秀逸です。現代風という意味でもありますが、若い世代のセンスと思い切りの良さを感じさせます。

主人公カサンドラ・トーマス役のキャリー・マリガンは、英国の女優です。本作で、はじめてアカデミー主演女優賞にノミネートされました。今年公開された「時の面影」では、嫋やかな未亡人のなかに意思の強さと英国の伝統を感じさせる演技が印象に残りました。本作では、「時の面影」とは180度違う女性を演じています。典型的に見えて、決して典型的ではないアメリカの若い女性を演じています。複雑な人格を演じきる演技力もさることながら、イギリス的なイギリス人がアメリカ人を演じることで生まれた微妙な違和感が、役作りに反映されていると思います。キャスティングの妙と言えます。

Netflixの「ジョン・オブ・ゴッド」というドキュメンタリーを見ました。ブラジルの田舎町の霊媒医ジョアンのもとに、評判を聞きつけた人々が、世界中から、毎日、数千人も集まったそうです。一方で、霊媒医は、気に入った信者を、治療と称して個室でレイプするという性癖を持っていました。霊媒と信者という関係のなかで、告発は封じ込まれます。ただ、数人の女性が声をあげると、次々と被害者が名乗り出て、その数は数百人に達しました。レイプは、癒えることのない傷を与える犯罪ではありますが、被害者が告発するには高い社会的ハードルがあります。「プロミシング・ヤング・ウーマン」は、被害者自身による復讐劇という構図をとらなかったことで、この重いテーマを広く知らしめることに成功しているように思います。

背景には、もちろん女性差別問題があります。近年は、相当に理解が進んだようにも見えますが、あまりにも社会に長く深く根を張りすぎていて、他の差別同様、そう簡単には解消できそうにありません。アフガニスタンでは、タリバンが政権を奪取しました。イスラム法シャリーアに基づく国作りを標榜しています。千年以上も前に成立したシャリーアにおいて、女性の権利は想定されていません。国際社会は、いかにタリバンの女性差別撤廃を求めていけるか、ということが問われていくことになります。(写真出典:movies.yahoo.co.jp

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