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ジェン・シュアン |
古代ローマは、その後の世界が経験することになる政治的制度や施策のすべてを、既に行っていたように思えます。逆に言えば、人類は、ローマ以降、一切政治的に進化していない、とも言えます。社会主義市場経済を掲げる現代中国でも、パンとサーカス的な現象が進んでいるように思えます。経済発展の恩恵は、官僚、官僚につながる一部民間人が独占しているように思えます。北京、上海等は、世界トップレベルの豊かな都市文明を享受する一方、農村部の貧困は改善されていません。中国共産党は、上海をショーケース化し、大衆のあこがれと期待を醸成しているようにも見えます。また、各種給付の拡充や貧困村の移住等、大胆な貧困対策も打たれてはいますが、根本的な格差解消へは、まだ遠い道のりのように見えます。
「共同富裕」は、習近平が打ち出した新たな方針です。皆で豊かになろう、という意味だそうです。この方針自体が、中国の格差問題の根深さ、あるいは危うさを伝えています。鄧小平の「豊かになれる者から豊かになれ」という先富論は、見事な成果を挙げました。一部富裕層に加え、中間層も6億人まで拡大したと聞きます。全体主義国家ならではの驚異的スピードとも言えます。とは言え、農村部を中心に、まだ人口の半数以上が貧困状態にあるわけです。歴然たる格差は、常に不満の温床となります。マーケティングの世界には、安売りで獲得した市場は安売りで奪われる、という常識があります。大衆の貧困と不満を力に革命を成就した中国共産党は、常に大衆の貧困と不満に怯える宿命にあります。
習近平の腐敗撲滅運動は、政敵排除という狙いとともに、官僚の不満を買わないレベルで、見世物としての役割も果たしてきました。ジャック・マーや巨大IT企業への締め付けも、同様の性格を持っているのでしょう。今般、ジェン・シュアンやヴィッキー・チャオといった芸能界のトップスターたち、つまり大金持ちへの締め付けが、大々的に行われています。かつてファン・ビンビンが脱税で告発されましたが、今回は、多少性格が異なるように思えます。13億人を統治するためには、一罰百戒的アプローチをとるしかないわけですが、それ以上に貧困層の不満を和らげるねらいがあるように思えます。ここ数年、政府や党への直接的批判が含まれない限り、芸術表現に関する検閲は比較的緩やかだったように思います。今回のキャンペーンは、表現に関する一層の統制強化につながる懸念もあります。
格差解消は、世界各国が抱える政治課題です。大きな犠牲を伴う北欧方式を除けば、それは叶わぬ夢のようでもあります。格差は必ず生まれます。問題は、それが皆の納得を得られない構図を持って固定化し、それが皆の不満となって爆発するレベルかどうかということだと思います。大衆の不満が存在し、そこに核となり得る組織が生まれる気配があれば、中国共産党は、徹底的に潰してきました。まったく政治色も組織性も持たなかった太極拳の”法輪功”を弾圧した例など典型です。また、今回の芸能界への締め付けも、ファンクラブという巨大組織を恐れたという面もあるのかも知れません。中国共産党の現時点における方針は、大衆の政治的無関心化を図り、組織化を徹底的に弾圧する、という対処療法に見えます。(写真出典:malaysia.news.yahoo.com)