監督:アミール・“クエストラブ”・トンプソン 2021年アメリカ
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1969年、ウッドストックに50万人を超す若者が集まったその夏、NYのハーレムでは、毎週日曜日、6週間連続で、のべ30万人を集めた無料コンサート「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」が開催されました。本作は、その記録映画です。黒人のために、黒人によって開催されたコンサートは、ウッドストックの影に隠れ、世界に知られることもありませんでした。フィルムも買い手がつかないまま、半世紀近く民家の地下室に眠っていました。その存在を知ったラッパーのクエストラブが、フェスティバルの出演者や観衆、そして当時を象徴する黒人たちのインタビューも加え、単なる記録映像ではなく、時代を描いたドキュメンタリーとして映画化しました。ある意味、奇跡の作品です。東京でも、本作は、結構、観客を集めています。週末ともなれば、席は売り切れ、私が観た平日の昼ですら8割方という入りでした。プログラムは売り切れ、増刷したと言います。やはりオールド・ファンが集まっている印象です。なにせ、若い頃に熱狂したミュージシャンが多数出てきて、よく知っている曲を演奏するのですから、それはもう涙ものです。よく知っていても、映像を観るのは初めてというミュージシャンもいました。演奏されるジャンルも、ゴスペル、ブルース、R&B、ジャズ、プロテスト・ソング、ラテン、ポップまでと実に多様でした。特に、大御所マヘリア・ジャクソンを中心としたゴスペル・パートは圧巻でした。ゴスペルと対照的に新しい音楽としてフィーチャーされていたのがスライ&ザ・ファミリー・ストーンでした。
白人が2人、うち1人はドラマー、女性が2人、うち1人はトランペッターというファミリー・ストーンのメンバー構成は、当時、話題になりました。ましてやハーレムの黒人たちにとっては、驚きだったようです。2曲ばかり演奏が紹介されますが、映画の最後には、象徴的に「I Want to Take You Higher」の演奏シーンが流れます。数万人の黒人たちとのコール&レスポンスは鳥肌ものです。スライは、ファンクの頂点を極めた音楽性の高さに加え、その歌詞の過激さでも有名です。当時、スライのステージが黒人たちの暴動を誘発する恐れがあるとして、常にFBIがついて回っていたとも聞きます。”Higher”や”Stand!”といった曲の強烈なリフは、FBIの懸念が理解できるほど、盛り上がります。ちなみに、私の数少ない自慢は、六本木のブルーノートで、スライと肩を組んで、Higher!と叫んだことです。
このコンサートは、1年前に暗殺されたマーティン・ルーサー・キング牧師を追悼するために開催されました。NY市も後援しており、暴動発生を防ぐために開催されたという面もあったようです。 60年代後半は、 アメリカの政治と文化の分水嶺とも呼ばれます。黒人社会にも、大きな変化が訪れていました。象徴的には、二グロという差別的な呼び方が、ブラック、あるいはアフロ・アメリカンに変わりました。黒人音楽の世界でもダイナミックな変化が起きていました。 それまで黒人だけが聞く音楽だったR&Bが、モータウンによって、若者向け音楽として大ヒットする一方で、ニーナ・シモンに代表されるストレートなプロテスト・ソングも歌われるようになります。スライの音楽には、それを、さらに挑発的に進化させたという面もあります。
映画には、その夏、月面に着陸したアポロ11号のニュースに沸き立つアメリカが映し出されます。コンサート会場でインタビューされたハーレムの人々は、口々に「そんな金があったら、貧困対策に使え」と応じます。つまり、黒人の自意識が大いに高まった時代だったわけです。思えば、ウッドストックは、一つの時代の終わりを告げるコンサートでしたが、ハーレム・カルチュラル・フェスティバルは、新しい時代の到来を告げるコンサートだったわけです。(写真出典:eiga.com)