2021年8月18日水曜日

「ジャッリカットゥ」

監督: リジョー・ジョーズ・ペッリシェーリ   2019年インド

☆☆☆+

南インドの山中で、大勢の村人が叫びながら、屠殺場から逃げた水牛を追いかけ、追いかけられるという映画です。ほぼそれだけの映画です。CGを使っていないと言う映像は、圧倒的な迫力とスピード感にあふれ、エネルギーがスクリーンからほとばしるようです。ただ、それ以上でも、それ以下でもありません。この映画は、Mollywood映画と呼ばれます。かつてボンベイと呼ばれたムンバイで制作される映画は、Bollywood映画とよばれます。対して、南部ケララ州で、マラヤーラム語で制作される映画はMollywood映画と呼ばれているようです。インド映画界では第4位の規模だそうです。さすが、人口13億人、公用語は22という国だけのことはあります。ちなみに、近年、Nollywood映画という言葉もあります。ナイジェリア映画のことです。人口2億を超える国では、映画も一大産業です。

Mollywood映画は、字幕を付けて、全インドで興行されるようです。この映画も、昨年のアカデミー国際映画賞のインド代表になっています。ペッリシェーリ監督は、Mollywoodを代表する映画人であり、斬新な作風で知られているようです。本作が日本デビューとなりますが、注目されているので、他の作品も順次公開されるのではないかと思われます。カメラワークやカット割りも思い切りがいいですし、バリのケチャによく似た音楽の使い方も、なかなかユニークで面白いところがあります。演技もそうですが、とにかくエネルギーを止めることのない圧倒感が印象に残ります。

タイトルの「ジャッリカットゥ」とは、2千年以上続く南インドの牛追い競技だそうです。ケララ州の隣のタミル・ナードゥ州では、プロ競技化もされていると言いますから、驚きです。インドで、ケーブルTVを見ていた時、カバディのプロ・リーグが存在し、専門チャネルが3つもあることを発見して驚いたことがあります。13億人もいれば、なんでもあり、ってわけです。しかも、インド合衆国と言われるほど、州によって言葉も文化も違うわけですから、ジャッリカットゥのプロ・スポーツ化など驚くに当たらないのでしょう。なお、ジャッリカットゥは、動物愛護の観点から国が一度禁止したものの、住民の猛反発で復活したようです。

胡椒は、ケララ州原産です。シュメールの時代から、メソポタミアとの貿易が盛んで、大航海時代には、西欧各国との貿易で栄えました。世界に開かれたケララ州の文化の多様性は、筋金入りと言えます。また、インド伝統の医学であるアーユルヴェーダも、ケララ州発祥だそうです。現在も、香辛料の他に、セリウムやトリウムの原料となるモザナイトの輸出量も多く、また、造船、IT等は世界レベルと言われます。識字率も100%、医療環境も良く、平均寿命はインド最長。まさにインドの優等生と言えます。当然、映画産業も、やたらと踊るBollywoodなんかに負けていないわけです。

ヒンドゥーの国インドで、水牛を屠殺したり、追いかけたり等、絶対あり得ないわけで、最初はドキドキしました。ところが、映画の舞台となっているのは、キリスト教徒の村でした。ケララ州の文化の多様性は、宗教の多様性にも反映されているわけです。それにしても、インドの他州で上映されると、ヒンドゥー教徒たちが大騒ぎするのではないかと心配になります。(写真出典:imageforum.co.jp)

マクア渓谷