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明壽蔵 |
どうも酒と言うものは、長期熟成すると、マイルドになり、深みが出るようです。ウィスキー、ワイン、紹興酒、泡盛等の例を挙げるまでもなく、多くの酒が長期熟成されています。また、醸造酒と蒸留酒による違いも無いように思えます。ところが、日本酒だけは、様子が違います。これまで古酒、あるいは長期熟成という話をあまり聞いたことがありませんでした。日本酒は、長期保存すると酢になるのではないか、という話もあります。ただ、これは事実ではありません。酢は、アルコールに酢酸菌を加え、酢酸発酵させないと出来ません。また、日本酒は、他の酒に比べて、劣化が早いのではないか、という話もありますが、これもデタラメです。味は変わったとしても、酒に消費期限はありません。
では、なぜ、日本酒に古酒が無かったのか。実のところ、江戸期までは、他の酒と同様、日本酒も長期熟成が当たり前だったようです。それを一変させたのは、明治政府による税制だったようです。不平等条約改正に向けて脱亜入欧政策を徹底する明治政府は、ワインやビールを免税にする一方、日本酒には酒税をかけます。課税方式は、造石税を採用します。造石税は、製造した酒の量に課税する従量税方式です。明治4年から昭和19年まで続きました。その後は、蔵出税、販売目的で出庫された酒に課税する方式に変わりました。造石税のもとでは、醸造した瞬間から課税されるわけですから、納税資金を確保する意味でも、できるだけ早く販売していくことになります。
造石税方式が長期に渡ったことに加え、虎の子の酒税を監視する国の目も厳しく、日本酒の古酒文化は消えていきました。新潟で、この酒は冷蔵庫で最低1年寝かせてから飲みなさい、と言われた酒がありました。清酒を熟成させる文化は、一部、消費者サイドに残っていたわけです。典型的な例は、クース(古酒)を楽しむ泡盛だと思います。蔵元は、限られた量しか長期熟成できないわけですが、沖縄の各家庭は、甕でクースを熟成させていたようです。百年を超すものも珍しくなかったと言いますが、すべて沖縄戦で失われたと聞きます。戦後は、蔵元でのクースの熟成も再開されますが、手元資金の流動性を考えると、大量に熟成させるわけにもいきません。従って、希少性は高まり、高価なものになっているわけです。
近年、日本酒の古酒も出回るようになってきました。酒税法上の規定はありませんが、業界としては、"3年以上熟成させた糖類添加酒を除く清酒" を熟成古酒と定めているようです。毎年秋には、「荒走り」や「中汲み」と呼ばれる新酒が出てきます。これはこれで美味しいのですが、熟成古酒も様々なタイプが出てくれば、更に日本酒の世界も広がります。先々は、ワインや紹興酒のように、何年ものといった楽しみ方も生まれるかも知れません。ただし、その際、古酒の値段はべらぼうなものになっていることでしょう。何年ものという概念が無かった日本酒は、値段も知れたものでした。熟成古酒によって日本酒の奥深さが広がるとともに、一方では、手ごろな値段という日本酒の魅力の一つが失われます。(写真出典:item.rakuten.co.jp)